第3章

榊原柚葉視点

クリスタルのシャンデリアが光を乱反射させ、その下ではシャンパンタワーが静かに輝きをたたえていた。榊原家のパーティーはたけなわだった。私は深い青のドレスをまとい、高遠陽仁の隣で、良き婚約者らしくあろうと必死に自分を取り繕っていた。

昨夜の榊原奏の言葉が、まだ耳の奥で響いている――「誰にも君を傷つけさせない」

「榊原柚葉は気性が激しすぎる。他の令嬢たちのような、おしとやかさや愛嬌がない」

高遠陽仁の声が、私の思考を遮った。

驚いて振り向くと、彼は財界のエリートたちに向かって、まるで私がすぐそばにいないかのようにそう話していた。

頭に血が上る。

「陽仁、あなた、何を言っているの?」

彼は鬱陶しそうに手を振った。

「周りの方々がどれだけ優雅か見てみろ。君もそのマナーを学ぶべきだ。いつもそうやって衝動的で、淑女の振る舞いの欠片もない」

【クズが本性を現したわね】

【我慢しないで、お嬢さん。そいつにその価値はないわよ】

金色のコメントが再び目の前に現れる。昨夜よりもずっと切実で、怒りに満ちていた。

私は怒りを飲み込み、無理に笑顔を作った。

「高遠陽仁、私だって十分に優雅だと思うわ」

高遠陽仁は鼻で笑い、腕時計に目を落とした。

「まあ、君には本当の優雅さなんて理解できないだろうがな。少し化粧室に行ってくる」

そう言って、彼はトイレの方へと急いで向かった。その足取りは妙に慌ただしい。

【彼を追って!】

【裏で誰かと会ってるわ!】

【浮気の現場を押さえるのよ!】

コメントシステムが狂ったように視界を埋め尽くし、一つ一つが私に行動を促してくる。私の直感も、この謎のメッセージがこれまで一度も間違ったことがない、と告げていた。

数分待ってから、私は静かにその後を追った。

廊下はメインホールより薄暗い。私はコメントの誘導に従い、化粧室の近くまでやってきた。

【この中よ!】

【証拠は目の前!】

【録画して!録画を忘れないで!】

そっと近づくと、衝撃的な声が聞こえてきた。

「栞奈、君は榊原柚葉よりずっと綺麗だ」

半開きのドアの向こうから聞こえてきたのは、私が一度も聞いたことのない、甘く切羽詰まった高遠陽仁の声だった。

榊原栞奈?なぜその名前に聞き覚えがあるんだろう……。

「高遠さん……ここではだめ、誰かに見られちゃう……」

甘い女性の声が、吐息混じりに応える。

心臓が止まりそうになった。私はそっとドアの隙間を押し開け、目の前の光景に思わず叫びそうになる。

高遠陽仁が知らない女を洗面台に押さえつけ、その首筋に情熱的にキスをしていた。彼の手は彼女の体をまさぐっている。女性のドレスのストラップはずり落ちて白い肌を露わにし、その腕は高遠陽仁の背中に固く回されていた。

「もう少しの辛抱だ。あいつが榊原家から追い出されさえすれば、俺も堂々と婚約を破棄できる」

高遠陽仁はキスの合間にそう言い、さらに大胆に手を動かした。

「そうすれば、俺たちは晴れて一緒になれる」

「でも、榊原奏様は彼女をすごく可愛がっているわ……」

高遠陽仁の愛撫に、女性の声は震えていた。

「榊原奏がなんだ?あいつが榊原柚葉を実の妹じゃないと知ったら、それでも今みたいに庇い続けると思うか?」

高遠陽仁の手は、さらに際どい場所へと動いていく。

もう我慢できなかった。私は勢いよくドアを押し開けた。

「いい加減にして!」

高遠陽仁とその女は飛び上がるようにして離れた。女は慌てて乱れた服とずり落ちたストラップを直す。彼女が振り向いた時、その精巧な顔立ちが見えた――高い鼻梁、彫りの深い瞳。確かに、私よりも古典的な美人顔だった。

「榊原柚葉!」

高遠陽仁はネクタイを歪ませたまま、シャツを慌てて直した。

「説明させてくれ……」

「説明?」

私は冷たく笑った。

「私の裏で他の女とこんなことをしていることの説明?それとも、私が榊原家から追い出されるのを望んでいることの説明?」

榊原栞奈と呼ばれた女は、服を整え終えると、悪びれる様子は微塵もなかった。それどころか、優雅な笑みを浮かべて私を値踏みするように見つめてくる。

「はじめまして。わたくし、榊原栞奈と申します」

その口調は丁寧だったが、その瞳の奥には、まるでこれから取り替えられる品物を値踏みするかのような、侮蔑の色が浮かんでいた。

高遠陽仁は虚勢を張ろうとしたが、その声は上ずっていた。

「榊原柚葉、騒ぎ立てるな!俺と榊原栞奈は、ただ……」

「ただ、何ですって?」

私はスマートフォンを取り出した。

「じゃあ、『あいつが榊原家から追い出されさえすれば、俺も堂々と婚約を破棄できる』って言ったこの録音はどう説明するの?それに、さっきのあの手つき――あれが友人間での普通の触れ合いだっていうの?」

高遠陽仁の顔から、さっと血の気が引いた。

私はもう彼らを相手にせず、毅然と踵を返し、メインホールへと向かった。

やるなら、徹底的にやってやるわ!

パーティー会場に戻ると、全ての視線が私に注がれた。シャンパンタワーのそばに立ち、私はホール全体に響き渡るような、澄んだ声で言った。

「皆様、重要なお知らせがございます」

会場は静まり返った。

「高遠陽仁、ただいまをもって、あなたとの婚約は正式に破棄させていただきます!」

会場にどよめきが起こる中、高遠陽仁が顔面蒼白で、ネクタイも結ばないまま駆け込んできた。

「榊原柚葉、俺がいなければ君など何の価値もないんだぞ!榊原家から追い出された時に泣きついてくるなよ!」

ゲストたちの視線が私たち二人の間を行き来し、囁き声が波のように広がった。

【お兄様が来るわ!】

【振り向いて!】

【王子様のご登場よ!】

私は無意識に振り返り、人混みをかき分けて進んでくる榊原奏の長身な姿を捉えた。今夜の彼はチャコールグレーのスーツをまとい、その表情は厳しく、私に向かう一歩一歩に、抗いがたい威厳が宿っていた。

「高遠陽仁」

榊原奏の声は静かだったが、骨の髄まで凍るような威圧感を帯びていた。

「俺の妹に、敬意を払え」

榊原奏の登場で、高遠陽仁の威勢は一瞬にして半減した。

「榊原奏、君の妹が一方的に婚約を破棄するなんて、これは……」

「俺は柚葉の決断を全面的に支持する」

榊原奏は彼の言葉を遮った。その声は穏やかだったが、一言一言に決定的な重みがあった。

「さらに、榊原グループと高遠家の提携は、すべてここで打ち切る」

会場は水を打ったように静まり返った。

高遠陽仁は顔色を変えた。

「榊原奏、女一人のために、そんな……」

「その女は俺の妹だ」

榊原奏は私の隣に歩み寄り、私の手を取った。

「妹を傷つけようとする者は、まず俺を倒してからにしろ」

その手は温かく力強くて、一瞬で私に勇気をくれた。

榊原栞奈がゆっくりとホールに入ってきた。化粧と身なりを整え、まるで面白い芝居でも鑑賞しているかのように優雅な笑みを浮かべている。彼女の視線が榊原奏と私の上を滑り、その瞳の奥に、読めない何かが一瞬きらめいた。

「劇的な場面ですね」

榊原栞奈は甘く響きの良い声で、そっと言った。

「お嬢様は、ずいぶんとお勇ましいのですね?」

その言葉は称賛のように聞こえたが、どこか違和感があった。

【榊原栞奈は見た目通りじゃない】

【彼女はあなたの場所を奪いに来た】

【気をつけて――本物の令嬢の帰還よ】

コメントが改めて私への注意が書かれていた。そして、やはり彼女の名前に覚えがあるような気がしてならなかった。

「本物の令嬢……?」

私はコメントの言葉を、囁くように繰り返した。

榊原奏は私の呟きを聞きつけ、わずかに眉をひそめた。

「柚葉、行こう。もう俺たちはここに歓迎されていない」

彼は私の手を強く握り、出口へと導いた。

榊原栞奈のそばを通り過ぎる時、彼女は驚くほど温かい声で私に言った。

「柚葉さん、私たち、お友達になれたら嬉しいですわ。きっと……これから頻繁にお会いすることになると思いますので」

その口調は優しかったが、私は得体の知れない悪寒を覚えた。まるで、何か危険なものに目をつけられたような感覚だった。

車の中で、突然スマートフォンが鳴った。榊原莉奈からだった。

「榊原柚葉、今どこにいるの?すぐに家に戻ってきなさい。あなたに伝えなければならない大事なことがあるの」

榊原莉奈の声は、いつもと違って真剣そのものだった。

榊原奏と私は顔を見合わせた。嫌な予感が、胃のあたりにずしりと居座った。

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