第8章

 翌朝、私はアトリエの椅子に座り、目の前に置かれた桜の指輪と向き合っていた。

 恵子がコーヒーを運んで入ってくる。

「美波さん、一睡もされていないのですか?」

「ええ」

 私はこめかみを揉んだ。

「あの男性は……元のご主人、ですか?」

 恵子がおずおずと尋ねる。

 私は無言で頷いた。

「あの方は……良くなるのでしょうか?」

 私は首を横に振った。

「末期の胃癌よ。あと三ヶ月だって」

 恵子が息を呑む気配がした。

 私は指輪を手に取り、陽の光にかざしてじっくりと眺めた。桜の花弁の一枚一枚が精緻に彫り込まれ、ピンクダイヤモンドが柔らかな光を屈折させている。

「散りゆくと...

ログインして続きを読む