第2章

 私の命には限りがある。東京で一ヶ月も無駄にするなんて贅沢は許されない。だから私は東京を離れ、故郷の雪見ヶ丘へ戻ることにした。

 五年前に両親が交通事故で亡くなって以来、一度も帰っていなかった場所だ。

 身の回りを整えると、私はすぐに西山の墓地へ向かった。

 墓石の写真は少し色褪せていた。両親は慈愛に満ちた笑顔を浮かべているが、娘の人生が泥沼になっていることなど知る由もないだろう。

 買ってきたばかりの白菊を供え、冷たい石段にあぐらをかいて座り込む。子供の頃のように、父の墓石に背中を預けた。

「父さん、母さん。会いに来たよ」

 風がヒュウと鳴き、まるで返事をしているようだった。

「いいニュースと悪いニュースがあるの」

 私は隣の空いた区画を撫でた。

「悪いニュースは、離婚することになったこと。いいニュースは、もうすぐ親子三人で再会できるってこと」

 私は雑草の生い茂る空き地を指差し、能天気に笑った。

「ここの土地、買っておいたから。向こうに行ったら、毎日篠原悠二の悪口を聞かせてあげる」

 話しているうちに、喉の奥に綿を詰め込まれたような、重苦しい感覚が込み上げてきた。

 ここはいい場所だけれど、少し寒すぎる。しばらく座っていたが、体の芯まで冷えてしまったので、私は重い腰を上げて墓地を後にした。

 帰り道、何かに導かれるように、実家ではなく森林公園へと足を向けた。

 冬の公園は寒々しく、枯れ葉が地面を覆い尽くし、踏むたびにカサカサと乾いた音を立てる。

 記憶を頼りに、奥にある巨大な樫の木を見つけた。

 幹は粗く、触れると老人の手のような感触がした。

 木の裏に回ると、見覚えのある「洞」があった。

 ふと、蝉時雨が降り注ぐ十八歳の夏にタイムスリップしたような錯覚に陥る。

 あの日、何が原因で喧嘩したのかはもう忘れてしまった。ただ、私たちが一番激しくやり合った日だったことだけは覚えている。

 私は腹を立て、この木の洞に二時間も隠れ続けたのだ。

「湊! どこだ!」

 少年の篠原悠二は汗だくになって私を探し回っていた。

「俺が悪かった! 出てきてくれ!」

 彼が泣き出し、警察を呼ぶと言い出して地面にうずくまるまで待ってから、私は洞から這い出し、彼の首に抱きついた。

「嘘だよ! 悠二のバーカ!」

 彼は顔を真っ赤にして怒ったが、私を強く抱きしめて離そうとしなかった。その声は震えていた。

「もう二度とするな……お前がいなくなったかと思った」

「安心して」

 あの時の私は、彼の耳元で厳かに誓ったのだ。

「これから何があっても、悠二が私を見つけられないなんてこと、絶対しないから」

 不意に指先が樹皮に引っかかり、チクリとした痛みで現実に引き戻された。

 ここには十八歳の少年も、温かい抱擁も、私が見つからないと泣いてくれる篠原悠二もいない。

 ただ、死にゆく私が一人いるだけだ。

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