第9章
霧が立ち込める長崎の港湾を背に、私はマンションの入り口に立ち、次第に霞んでいく藤井英介の後ろ姿を見つめていた。
夜の闇の中、彼の背中は相変わらずすっくと伸びていたが、いつもよりどこか孤独な影を落としていた。
私は深く息を吸い込むと、彼に借りていたコートを肩から外し、ためらうことなく道端のリサイクルボックスに投げ入れた。
どうせ綺麗に洗って返したところで、彼が受け取るはずもないのだから。
数年前のある夜、料亭で酔った客の相手をしていた私は、誤って藤井英介のコートに酒をこぼしてしまったことがある。
そのコートは金沢で最も有名な職人が手掛けた、特別な高級品だった。
しかし...
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3. 第3章
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