第4章
高橋桜は少し困ったように言った。
「雨に濡れただけよ、大したことないわ」
そう言って、彼女は前に歩み寄り、昨日の業務報告を机の上に置いた。
「これが昨日の業務まとめよ、全部整理しておいたわ。他にも忙しいことがあるから、お二人の旧交を温めるのを邪魔したくないわ」
高橋桜は川崎美咲を見た。川崎美咲はすぐに笑顔を見せた。
高橋桜が出て行くと、佐藤和也の眉はひどく寄せられていた。
「和也くん?」
川崎美咲が彼を呼ぶまで、彼はようやく我に返った。
佐藤和也のこの様子を見て、川崎美咲は不思議に思いながらも、優しく気遣うように声をかけた。
「桜ちゃんの状態、本当によくなさそうね。今はあなたの秘書をしてるけど、破産する前は高橋家のお嬢様だったのよ。決して彼女を酷使しないでね」
酷使?
佐藤和也は心の中で嘲笑した。誰があの御曹司を酷使できるというのか?
しかし表向きには、そんなことは口にせず、ただ「ああ」と応じた。
高橋桜は頭が重く足取りも重たく自分のオフィスに戻った。
座るなり、思わず机に突っ伏してしまった。
めまいがさらにひどくなっていた。
どれくらい時間が経ったのか、高橋桜は木村優子の声を聞いた。
「桜姉、やっぱり帰って休んだほうがいいんじゃない?」
高橋桜は本当に元気が出なくて、とても辛そうで、小さな声でしか言えなかった。
「優子、ちょっと寝るわ」
そう言うと、高橋桜は深い眠りに落ちた。
高橋桜は夢を見た。
夢の中で、彼女は20歳の時に戻っていた。
あの日は高橋桜と佐藤和也の成人式だった。
両家の成人式は一緒に行われ、その日高橋桜は自分の好きな青いドレスを着て、わざわざ髪をカールさせ、ネイルもして、佐藤和也に告白するつもりだった。
彼女は長い間探して、ようやく小さな庭園で佐藤和也を見つけた。
彼女がドレスの裾を持ち上げて歩き寄ろうとしたとき、佐藤和也の友人たちが冗談めかして尋ねるのを聞いた。
「和也、成人したぞ、好きな女の子はいるのか?婚約を考えてもいい頃だな」
「俺は桜ちゃんがいいと思うぞ、いつもお前の後ろについてるじゃないか」
高橋桜はこの言葉を聞いて、思わず足を止めた。佐藤和也の答えを聞きたかった。
結局、これから自分がしようとしていることにとっても重要なことだった。
しかし、佐藤和也が答える前に、誰かが先に言った。
「桜ちゃんはダメだよ、和也は彼女を妹としか見てないんだ。誰でも知ってるだろ、和也の心の中にはたった一人しかいない。それは美咲だ」
美咲……
高橋桜はこっそり佐藤和也を見た。
夜の闇の中、少年は石のベンチに座り、長い脚をどこに置くべきか分からないほどだった。彼のハンサムな顔には微かな笑みが浮かび、否定することはなかった。
「確かに、美咲は優しくて魅力的だし、女性らしさがある。桜はただの小娘だ。何より重要なのは、彼女が和也の命の恩人だってことだ」
この言葉を言ったのは黒田白といって、佐藤和也の一番の親友の一人だった。普段は高橋桜をからかうのが大好きで、彼女に会うたびに彼女の三つ編みを引っ張っていた。
彼はまた、高橋桜が最も嫌いな人物でもあった。
誰が小娘だって!
「そうだよな、美咲はお前の命を救ったんだ。あの時、川の流れは急で、彼女が飛び込んで救わなかったら、この世に佐藤和也はいなかっただろう」
少年はうなずき、珍しく「ああ」と声を出した。
月明かりの下で彼の顔色は淡く見えた。
「俺のそばの席は、永遠に彼女のために取っておく」
ドーン——
高橋桜の顔から血の気が一瞬で消え、真っ青になった。
まさか、彼女の告白は始まる前に終わってしまったのだ。
川崎美咲が佐藤和也の命を救ったこと、これは業界全体で語り継がれている出来事だった。
昔は英雄が美女を救うという話だったが、今は柔らかい美女がハンサムな少年を救うという話、つまり川崎美咲と佐藤和也の話だ。
しかしこのことについて、高橋桜はよく知らなかった。
というのも、その年、彼女も水に落ちたようで、高熱を出して大病を患い、目覚めた後には以前のことの多くを忘れてしまい、自分がどうやって水に落ちたのかさえわからなかった。
クラスメイトが言うには、彼女は遊び過ぎて、うっかり水に落ちたのだという。
高橋桜は何か忘れているような気がしていたが、どうしても思い出せず、時が経つにつれ、当時のことをすっかり忘れてしまった。
まさか佐藤和也が彼の命を救った人をこれほど忘れられないとは。
もし当時、彼を救うために飛び込んだのが自分だったらよかったのに。
夢の中の彼女の感情は、今の高橋桜の感情と溶け合っているようだった。
胸が大きな石で押しつぶされるように苦しく、頭痛はさらに激しくなった。なぜ当時、彼を救うために飛び込んだのは自分ではなかったのか?
もし……もし……
突然、目の前に佐藤和也の顔が現れた。彼の目は冷たく無情だった。
「桜、子供を下ろせ」
続いて彼の隣に川崎美咲が現れ、蔓のように佐藤和也に寄り添っていた。
「桜、子供を下ろさないなんて、私たちの関係を壊すつもりなの?」
「壊す」という言葉を聞いて、佐藤和也の目はさらに冷たくなり、数歩前に出て高橋桜の顎をつかんだ。
「大人しくしろ、さもないと俺が手を下すぞ」
彼の手の力はとても強く、高橋桜の顎を砕きそうだった。
高橋桜はもがいて、突然目を覚ました。全身が冷や汗でびっしょりだった。
目に入ってきたのは窓の外を次々と後退していく道路だった。
今のは……夢?
なぜあんなにリアルに感じたのだろう……
高橋桜は息を吐き出した。
「桜、目が覚めたのね」優しい声が前から聞こえてきた。高橋桜は顔を上げ、川崎美咲の心配そうな表情を見た。
「よかった、ずっと心配してたのよ」
川崎美咲?なぜここに?
すぐに、高橋桜は何かに気づき、彼女の横を見た。
案の定、運転しているのは佐藤和也で、川崎美咲は助手席に座っていた。
佐藤和也は運転中、彼女が目を覚ましたと聞いて、バックミラー越しに彼女を一瞥した。
「目が覚めたか?まだどこか具合が悪いか?病院に着いたら医者に全部言うんだ」
高橋桜は先ほどの悪夢でまだ動悸が激しく、やっと落ち着いてきた心拍が、佐藤和也のこの言葉でまた緊張し始めた。
「いいえ、病院は必要ないわ、大丈夫よ」
それを聞いて、佐藤和也はもう一度彼女を見た。
「何を言ってる?自分が熱を出してることを知らないのか?」
川崎美咲も同調した。
「そうよ桜、あなた熱がひどいのよ、病院に行かなきゃ。和也から聞いたけど、昨日雨に濡れたんですって?一体どうしたの?」
どうしたって?
目の前の川崎美咲を見ながら、高橋桜は青ざめた唇を動かしたが、結局一言も発しなかった。
昨日のあの騒動、川崎美咲も確実にその場にいたはずだ。
彼女がこう尋ねるということは、何か暗示しているのだろうか?
考えていると、川崎美咲は心配そうな表情を浮かべ、申し訳なさそうに彼女を見た。
「もしかして昨日……」
佐藤和也は川崎美咲の言葉を遮り、落ち着いた声で言った。
「とにかく先に病院に行こう。この数日、病気なら十分に休め、しばらく会社に来なくていい」
川崎美咲は言葉を遮られ、少し驚いて佐藤和也を見た。
高橋桜は目を伏せ、美しい瞳の奥には深い冷たさがあった。
さすが彼の心の中で大切にしている人だ、なんとまあ守ってやることか。
しばらくして、彼女はようやく顔を上げた。
「病院には行かないわ」
佐藤和也は眉をひそめ、今日の彼女はとりわけわがままだと感じた。
「病気なのに病院に行かないって、何をするつもりだ?」
高橋桜は唇を噛み、「私の体、自分が一番わかってるわ」














































































































































