第3章

健太の家は、私が想像していたよりもずっと魅力的な場所だった。

それは高価な家具や完璧な調度品のせいではない――もちろん、それらが紛れもなく豪華だったのは確かだが――壁一面を覆う芸術作品の数々がそう思わせたのだ。金持ちがよく見せびらかすような、単なるステータスシンボルの飾り物ではない、本物のアート作品だった。

「これはモネの『睡蓮』の連作の一つなんだ」

彼はそう言うと、小さな絵画の金色の額縁にそっと触れた。

「初めて目にした瞬間、どうしても手に入れなくてはと直感した」

私はリビングルームの中央に佇み、四方八方から芸術に包まれていた。油彩、水彩、スケッチ……その一つひとつが、独自の魂を強烈に放っている。単なる甘やかされた金持ちのボンボンだと思っていたのに。

「少しずつ、時間をかけて集めてきたんだ」私の驚愕した表情に気づき、健太が言った。「アートだけなんだ。俺に……『生きている』という実感を与えてくれるのは」

私は部屋の隅に掛けられた一枚のスケッチへと、ゆっくり歩み寄った。海辺に座り込む孤独な人影を描いた、モノクロの線画だ。その技術は卓越していたが、そこに込められた深い孤独は、今にも紙面から溢れ出しそうだった。

「これ、あなたが描いたの?」私は静かに尋ねた。

健太は頷いた。その瞳には驚きの色が揺らめいている。「わかるのかい?」

私は彼に向き直った。胸の奥で、奇妙な感情が渦巻く。

「そこには……どうしようもないほどの深い孤独があるわ。まるで、あなた自身を描いているような」

彼の眼差しが一層深くなる。「そんなことを言われたのは、初めてだ」

まったく、こんなに彼にほだされてどうする。これはただの任務なんだぞ。

だが、私の理性は、何か別のものによってゆっくりと溶かされ始めていた。

「健太? いるのか?」

突然、玄関のドアが開く音がして、私たちは二人とも凍りついた。玄関ホールから貴志の声が響き、重々しい足音が近づいてくる。

「クソッ」健太が小声で毒づく。「夕方までは戻らないはずだったのに」

私は瞬時に表情を整え、「礼音」という役柄へと舞い戻った。心臓が早鐘を打っている。それは恐怖からではない――この任務が、突如として遥かに危険なものへと変貌したからだ。

貴志がリビングルームに姿を現したとき、私は一枚の抽象画を熱心に鑑賞しているふりを装っていた。彼は長身で、完璧に仕立てられたスーツに身を包み、その眼光はいかにも弁護士らしく鋭利だった。

「健太が友人を家に連れてくるとは珍しい」彼の声は穏やかだが、そこには探るような響きがあった。「白石さん、だったかな? 大学はどちらで?」

「帝都芸術大学です」私は自然に答えた。「絵画を専攻しています」

貴志の視線が、数秒間私の顔に留まる。「ほう、それは興味深い。あそこの理事会に私のクライアントがいてね。渡辺教授はお元気かな?」

クソッ、カマをかけてきやがった。

私は表情を崩さないように努めた。「渡辺教授ですか? ああ、私はゼミ生ではないので……一般講義を受けたことがあるだけなんです。私の記憶では、常に大変熱心な研究者でいらっしゃいましたけれど」

貴志はわずかに目を細めたが、私の曖昧な返答に対して、即座に異を唱えることはできなかったようだ。

その場の緊張を察知した健太が割って入る。「兄さん、俺の友達を尋問するのはやめてくれないか。礼音、ギャラリーに行こう。今夜はオープニングパーティーがあるんだ」

私は感謝を込めて健太を見た。これ以上ないという絶好のタイミングでの助け舟だった。

P市現代美術館は人々の話し声でどよめき、シャンパンの弾ける音と、美術評論家たちの熱っぽい議論が入り混じっていた。私は本物の美大生に見えるよう振る舞いながら、健太の腕に手を添えた。

「これらの作品、興味深いわね」壁に飾られた鮮やかな色彩の抽象画を見つめながら、私は感想を口にした。

「健太! 久しぶりじゃないか」

甘い声に誘われて、私は顔を向けた。シンプルな白いドレスを身に纏ったブロンドの少女が、私たちの方へと歩いてくる。その姿には生まれ持った気品があり、まるで天使のようだった。

「彩香」健太の顔が、心からの笑顔で輝いた。「来てくれたんだね。礼音、こちらは星野彩香。昔からの知り合いなんだ。彩香、こっちは白石礼音。俺の新しい友人だ」

彩香の微笑みは、穏やかで純粋そのものだった。「あなたも美術を学んでいるの? 学校ではお見かけしたことがないけれど……」

胸の奥で、奇妙な感情がうごめいた――嫉妬?

「健太、私の新作を見たいって言ってくれたの、覚えてる?」彩香の瞳に希望の光が宿る。「やっと『海』のシリーズが完成したの」

二人のやり取りを見つめながら、私はかつて感じたことのない痛みを覚えていた。彩香は本物の美大生で、心底優しい女の子で、心底……すべてが「本物」だ。それに引き換え、私はただ演じているだけ。

「もちろん覚えてるよ」と健太は言った。「近いうちに必ず見に行く」

その時、私のスマホが震えた。夏海からの着信だ。私は二人に申し訳なさそうな笑みを向けた。「ごめんなさい、電話に出なきゃ」

私はギャラリーの静かな隅へと移動し、通話ボタンを押した。

「真希、トラブル発生よ」夏海の声は張り詰めていた。「母が急に心臓発作を起こして、ICUに入ったの。すぐにN市へ飛ばなきゃならない」

心臓が締め付けられるようだった。「嘘でしょ……夏海、お母さんの容態は?」

「峠は越えたって医者は言ってるけど、数週間は向こうにいなきゃいけないかも」彼女は答えた。「でも、待ったなしのクライアントがいるの。星野浩史、二十六歳、家業の跡取りよ。重度の強迫性障害で、会社経営に支障が出てる。今朝連絡があったの――緊急案件よ」

「星野?」私はふと耳にした名前に、血の気が引くのを感じた。

「星野家といえば鉄鋼と不動産業界で有名よ」彼女は早口で説明した。「真希、急なのは分かってるけど、頼れるのはあなたしかいないの。彼にはP市にいる従姉妹がいてね、星野彩香っていう名前なんだけど。彼女を通じて状況を探れるかもしれない」

私は心臓を高鳴らせながら、彩香の方を振り返った。「待って、それって今私の目の前にいる星野彩香のこと? なんて巡り合わせよ……ウソッ」

「知り合いなの?」夏海の声が興味深げに尖った。「完璧じゃない! まさに渡りに船だわ」

「夏海、頼むから」私は切迫した声で囁いた。「こっちも手伝いが必要な状況だけど、事態は急速にややこしくなってるのよ」

「分かったわ」一拍置いて、私はため息をついた。「協力する。その代わり、あなたもお母さんも大事にしてね」

「ありがとう」夏海の声は感謝に満ちていた。「大きな借りができたわね」

通話が終わり、私は健太と彩香のもとへ戻った。

「大丈夫だった?」心配そうに健太が尋ねる。

「ええ」私は何とか答え、新たな視点で彩香を見た。

世界が回るのを感じた。ターゲットが、まさか彩香の従兄弟だったなんて。

その時、突然腕を強く掴まれた。貴志だ。

「白石さん、話がある」声は低く、真剣そのものだった。「帝都芸術大学に確認を入れた。渡辺教授は一般講義を担当しない」

彼の視線はレーザーのように私を射抜いた。「君は一体、何者なんだ?」

「何か勘違いなさっているんじゃありませんか」私は冷静に答えたが、健太と彩香が困惑した視線を向けているのが分かった。

だが、貴志はそう簡単に騙せる相手ではない。

今や私は、想像以上に複雑な蜘蛛の巣に囚われてしまった――恋に落ちかけているかもしれない男、疑り深い弁護士、無垢な少女、そして「助け」を必要としているその従兄弟。

これが火遊びの代償というやつか。そう思ったが、不思議と逃げ出したいとは思わなかった。

自分がどこまでやれるか、試してみる時が来たのかもしれない。

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