第2章
律はメッセージをじっと見つめ、指先で返信を打ち込んでいく。
『まだ。春菜は家族のこと、あんまり話さないタイプだったから』
嘘つき。私は全部話したじゃない。母がスーパーの仕事を掛け持ちして、高校生の弟の学費を稼いでいること。毎月、家計がギリギリだってことも。私には頼れる身寄りがほとんどいないから、何かあっても誰も聞きに来たりしないってことも、あなたは知っているはずだ。
ぽん、と新しいメッセージが画面に浮かび上がる。植川大輔からだった。
『春菜のロッカーに忘れ物があったんだけど。まだ店にいるか?』
律は一瞬ためらってから、返信する。
『明日、シフトの後で持って帰る』
私のロッカーに、忘れ物……。あれかな? 妊娠検査薬? それとも、サプライズで報告するために買った、あの小さなベビーエプロン? 大輔さんは、一体何を知っているんだろう。
そこへ、近藤美咲が戻ってきた。口紅は完璧に塗り直され、私のカーディガンをすっかり自分のものにしていた。
「準備できた?」
「ああ」律は店内の明かりを消す。「お前の家と俺の家、どっちにする?」
「あなたの家。昨日、いくつか忘れ物しちゃったから」
昨日。彼女は昨日から、もう彼の部屋にいたんだ。私が死んで、たった三日。私の身体がまだ冷たくなる前に、彼女は我が物顔で私の場所に居座っていた。
私は二人の後を追って外に出る。律が彼女を助手席に乗せ、ドアを閉めてやるのを、ただ見つめていた。昔、私にしてくれたのと同じ、紳士的な仕草。
車が走り去ると、近藤美咲のスマートフォンの画面が煌々と光る。インスタグラムのストーリーに、閲覧数や『いいね』、コメントが殺到しているのが見えた。
三日前、私はお腹の子のことを伝えようと急いでいて、命を落とした。今夜、彼は私たちが働いていたレストランで、私の服を着た別の女を抱いた。私たちが未来を語り合った、まさにその場所で。
ここを離れようとするけれど、駐車場の端まで来ると、見えない壁にぶつかったように、激しい痛みが私を襲う。私はこの場所に囚われている。彼が、まるで私なんて存在しなかったかのように、新しい誰かを見つけるのを、ただ見ているしかない。
でも、これで終わりじゃない。もし私の人生が少しずつ奪われていくのを見ているしかないのなら、せめて真実を突き止めてやる。全部、残らず。
レストランの灯りが完全に消える。私たちの秘密は今や、彼らの秘密になった。
せいぜい楽しめばいいわ、中島律。そのインスタモデルとやらとね。だって私は、私が死にかけている間、あなたが何をしていたのか、きっちり暴いてやるんだから。
そして真実を知った時、あなたは後悔することになる。もう少しだけ、私の死を悼んでおけばよかった、と。
翌日、私はスタッフルームに漂いながら、近藤美咲が自分の持ち物を運び込んでいるのを眺めていた。彼女に割り当てられたのは23番のロッカー。私の使っていたロッカーの、すぐ隣だ。
隅の方では、植川大輔が静かに私の私物を箱に詰めている。写真、ヘアゴム、予備の化粧品、そして私が初日に願掛けで使った、幸運のペン。
「これ、ほとんど捨てちゃっていいですよ」近藤美咲は私の持ち物を検分しながら大輔に言った。「でも、これは可愛い」
彼女は私の名前入りのエプロンを手に取った。縁に沿って、小さなハートが刺繍されている、あの一枚だ。
何週間もかけてお金を貯めて、ミンネで見つけて、もっとプロっぽく見せたくて、オーダーメイドで刺繍まで入れてもらった、私の宝物。今、彼女はそれを、まるでずっと自分のものだったかのように身につけるつもりなのだ。
「いや、それはちょっと……」大輔が言いかける。
「だって、もったいないじゃないですか」近藤美咲は彼の言葉を遮る。「春菜はもう、いらないでしょ?」
大輔の表情がこわばる。でも、彼は何も言い返さない。ただ黙々と荷造りを続けるが、その瞳の奥で怒りが燃えているのが、私には見えた。
そこへ、清水友里が入ってくる。近藤美咲が私のエプロンを持っているのを目にして、ぴたりと足を止めた。
「それ、春菜のじゃない」友里は氷のように冷たい声で言った。
「知ってる。律が、仕事に必要なものは何でも使っていいって」近藤美咲は甘く、無邪気に微笑む。「構わない、でしょ?」
律が言った、だって。彼が、彼女に私のものを使う許可を与えた。まるで彼がそれらを所有していたかのように。まるで彼が、私という人間を所有していたかのように。
友里は言葉を失ったようだったが、その表情がすべてを物語っていた。
店長の岡本健人が、カウンターの前で近藤美咲をスタッフに紹介している。彼女は私のエプロンを着て、真新しいネームタグを手にしていた。
「みんな、こちらが新人の近藤美咲さんだ」岡本が告げる。「今日から、彼女がホールの責任者を引き継ぐことになる」
引き継ぐ。欠員補充じゃない――引き継ぐ、だ。
「彼女はどのエリアを担当するんですか?」小林沙織がバーカウンターの後ろでグラスを拭きながら尋ねる。
「窓側の特等席エリアだ」
岡本がこともなげに言う。私のエリア。何か月もかけてやっと任せてもらえるようになって、常連さんとの関係を築き上げてきた、私の場所。
「うちで一番いいエリアだし、近藤さんは高級店での接客経験があるからな」
高級店での接客経験って、一体何なの? SNS映えする料理の出し方でも心得てるってこと? 彼女がここで働いたのは、まだたったの一日なのに。
清水友里の顎が、きゅっと引き締まる。
「そこは、春菜のエリアでした」
「春菜はもう戻ってこないんだ、清水」岡本がきっぱりと言い放つ。「俺たちは前に進まなきゃならん。通常営業だ」
近藤美咲はネームプレートを胸元につける。「近藤美咲」と書かれた、そのプレートを。
でも彼女が留めているピンは、私のものだ。小さなシルバーのトレイの形をしたブローチ。制服に少しだけ個性を出したくて、こっそりネットで買ったお気に入りだったのに。
「可愛いピンだな」植川大輔が呟く。その言葉に込められた皮肉が聞こえるのは、きっと私だけだ。
日曜の午後のシフトが始まると、近藤美咲は早速、店に自分の色をつけ始めた。彼女は店長の許可を得て、レストランのBGMを自分が選んだプレイリストに変えてしまったのだ。
「いつもの音楽、どうしたの?」小林沙織が尋ねる。
「あ、何かもうちょっと今どきの曲を試してみようかなって」近藤美咲はスマートフォンをスクロールしながら言う。「前のプレイリストって、ちょっと……時代遅れだったから」
前のプレイリスト。私が作ったプレイリスト。何時間もかけて選曲し、最新のヒット曲と心温まる名曲を織り交ぜて、家族の食事にぴったりの雰囲気を作り上げてきた、私の自信作だったのに。
彼女の音楽が流れ始める。私が知らない、流行りのポップソング。日曜のブランチを楽しむ客層には騒がしすぎて、テンポが速すぎる。
時代遅れ。先週、更新したばかりなのに。お客さんからリクエストされた曲だって追加した。でも今や、それも私の他のすべてと同じように、時代遅れらしい。
常連客の一人である渡辺さんが、困惑した顔をしている。
「いつも流れてる素敵な音楽はどうしたの? 主人が好きだった曲は……」
「こちらの方がモダンなんです」近藤美咲がにこやかに説明する。「若いお客様にもっとアピールできますから」
渡辺さんは七十八歳だ。彼女と亡くなったご主人は、三年間、毎週日曜日にここへ来ていた。彼女が求めているのはアピールじゃない。慣れ親しんだ、思い出の場所なのだ。
でも近藤美咲はそれを知らない。だって彼女は、私たちの客を知らないから。金田さんがいつも窓側の席をリクエストするのは、娘さんの車が駐車場に入ってくるのを見たいからだということを知らない。佐藤さん一家は、末っ子の息子さんが自閉症だから、注文に少し時間がかかるということを知らない。
私は二年かけて、この人たちの物語を学んできた。関係を築き、彼らが心からくつろげる空間を作ってきた。ここに一日来ただけの彼女が、そのすべてを勝手に変えようとしているのだ。
近藤美咲は18番テーブルで写真撮影を始める。私と律の、特別な場所で。
「大輔さん、私のインスタ用に何枚か写真撮ってくれません?」彼女はメニューを手にポーズをとる。満面の笑み。私のエプロンは、完璧な位置に収まっている。
「仕事中だ」植川大輔がぶっきらぼうに言う。
「ほんの数枚でいいから。レストランのソーシャルメディアでの存在感を高めるためにも、ね?」
ソーシャルメディアでの存在感? うちの店に公式のSNSアカウントなんてない。岡本さんはいつも、手間がかかりすぎると言っていた。なのに突然、近藤美咲が来た途端、インスタでの存在感が必要になるわけ?
大輔はしぶしぶ写真を撮る。近藤美咲はそれらをチェックし、ベストショットを選んだ。
「完璧。『お気に入りの場所で、新しい始まり💕』っと」彼女は軽快に文字を打ち込む。「ここの照明、最高。一番人気の席なのも頷けるわ」
一番人気の席。彼女は、照明がいいから人気だと思っている。
本当は違う。私がいつも特別なお客様のためにリクエストしていたから人気なのだ。私が毎日花を飾り、窓を磨き、最高のサービスを心がけてきたから。私自身の努力で、そこを最高の席にしたから。
でも彼女のインスタストーリーの中では、そこはただ自然に照明がいいだけの場所、ということになっている。







