第4章

一週間が経った。私は中島律と近藤美咲が、何事もなかったかのように新しい日常を過ごすのを、ただ眺めている。彼女は今では毎晩遅くまで店に残り、『棚卸しを手伝う』という名目で律と過ごしていた。

「今夜は、いい方のワイングラス、使いましょうか」

近藤美咲は十八番テーブルを準備しながら尋ねた。

「ああ、クリスタルのやつな」

律はそう言って、戸棚から私たちの特別なグラスを取り出した。

私たちの、クリスタルグラス。あのグラスを買うために、私は三ヶ月分の給料を貯めた。週に一度のデートの夜を、もっと素敵なものにしたかったから。毎週金曜日の閉店後、私たちはがらんとしたレストランでこのグラスを使い、ここは場末のファミリーレストランなんかじゃなくて、どこかお洒落な場所にいるのだと、気取っていた。

あのグラスは、二人のための、私なりの投資だった。安っぽいデートを特別なものにしたかった。私たちには、もっと美しいものがふさわしいんだって、そう思いたかった。なのに今、あの女は何の苦労もなく、そのグラスの物語も知らずに、平然と使っている。

近藤美咲が、アロマキャンドルをテーブルに置いた――私が選んだのとまったく同じ、バニラの香りのアロマキャンドルだ。

「このセッティング、すごくロマンチックね、りっちー。あなたと井上さんが、こういうデートの夜を思いつかなかったなんて、信じられない」

思いつかなかった?

私たちは半年の間、毎週金曜日に、まったく同じことをしていたのに。

「春菜は……雰囲気とか、あんまり興味ないやつだったから」

律は淡々と言った。

雰囲気に興味がない、ですって?

この習慣は全部、私が作り上げたものなのに。アロマキャンドルも、グラスも私が買った。閉店後にレストランを使わせてくれるよう、岡本さんに頼み込んだのも私だ。それなのに今では、これは近藤美咲のアイデアということになっていて、私はただ『興味がなかった』ことになっている。

「あなたのフルーツティーの作り方、もう一度教えてください」

近藤美咲はスマートフォンを取り出しながら言う。

「インスタグラム用に、動画を撮りたいの」

「俺たちのフルーツティーな」

律は無意識にそう訂正し、はっとしたように言い直した。

「いや、店のフルーツティーだ」

彼女は録画を始める。

「みんな見て! すっごく才能ある支配人から、この絶品ベリーフルーツティーの作り方を教わってまーす💕」

私のフルーツティー。何週間もかけて完成させたレシピ。シフトの後に一人で試行錯誤を重ね、材料も自腹で買った。でも彼女のビデオの中では、律が熟練の師匠で、彼女が熱心な生徒だ。

「まず、ベリーを優しく潰すんだ」

律が実演してみせる。

「やりすぎると苦くなるから」

「そのテクニック、誰に教わったんですか」

近藤美咲は撮りながら尋ねる。

それを教えたのは、私だ。ちゃんとした潰し方を教えてくれたのは清水友里だけど、律に教えたのは、誰もいないレストランで初めて二人で料理をした、あのデートの時だった。

「まあ、やってるうちに覚えたんだよ」

彼は言う。

「本当に、天性の才能だよね」

彼女はカメラに向かって、うっとりと言った。

「このお店が、こんなにうまく回ってるのも納得」

彼女はすぐにビデオを投稿した。『最高の師匠から勉強中💕このレシピを完璧にするのが楽しみ! #フルーツティー #ワークライフ #感謝』

レシピを完璧に?

もう、完璧なのに。私がすでに、完璧に仕上げたはずなのに。でも彼女はそれを『完璧に』して、自分なりのアレンジを加えて、自分のものにするつもりなのだ。他のもの、すべてと同じように。

植川大輔が小さな箱を抱えて現れた。私はふわりと彼のそばに寄り、中身を覗き込む。

そこには、私の妊娠検査薬。陽性。それから、新生児サイズの小さなエプロン。『パパの小さなウェイター』と刺繍されている。レシートの日付は、私が死ぬ前日だった。

そして箱の中には、私のスマートフォンが残っていた。植川大輔があの日のボイスメモを見つけて、再生ボタンを押す。

緊張しているけれど、興奮した私の声が流れる。

「ねえ、りっちー……じゃなくて、中島律。どうやって伝えようか、ずっと練習してたんだ。大学を卒業するまで待とうって言ってたのは分かってる。でも、人生って時々、違う計画を用意してくるみたい。私たちに、赤ちゃんができたの。怖いって思うかもしれないけど、私たちならきっと大丈夫だと思う。私たちならうまくやっていけるし、仕事も安定してるし……それに、あなたのこと、愛してる。すごく、すごく愛してる。直接会って伝えるのが待ちきれないよ」

植川大輔の手が震えている。

あのメモは、店に戻る前の駐車場の車内で録音したものだ。すごく緊張して、すごく興奮していた。彼は喜んでくれると思っていた。いつものように、二人で一緒に乗り越えていけると思っていた。

植川大輔は巻き戻して、もう一度聞く。聞くたびに、彼の表情が硬くなっていく。

「彼女は、赤ちゃんのことを伝えに、急いで戻ってくるところだったんだ」

彼は自分に言い聞かせるように呟いた。

「なのに、あいつは……もうすでに……」

植川大輔はホールの方に目を向けた。そこでは律と近藤美咲が、まだロマンチックなディナーを続けている。

「クソ野郎が」

植川大輔は、静かに吐き捨てた。

近藤美咲は、律が休憩室に保管していた私の私物をあさっている。私たちの半年記念に私が作った、写真アルバム。どのページも丁寧にレイアウトされ、思い出についての小さなメモが添えられている。

「これ、可愛いね」

彼女はページをめくりながら言う。

「二人とも、幸せそう」

「ああ、そうだな」

律は言ったが、ろくに見ていない。

彼女は『私たちの初めて』と題されたページで手を止めた。十八番テーブルでの初デート。仕込み用のキッチンでのファーストキス。閉店シフト中の、初めての『愛してる』。

「十八番テーブルが、初デートだったの?」

彼女が尋ねる。

「ああ」

「すごく素敵。だから今夜、あそこでディナーにしたかったんだね」

彼がしたかった? これは、彼女のアイデアだと思っていた。でも彼が、私たちが初めて恋に落ちた場所だと知っていて、十八番テーブルを提案した? それって、気持ち悪くない?

「このページの写メ、撮ってもいい?」

近藤美咲が尋ねる。

「思い出に」

「いいよ」

彼女は私の写真アルバムを、私が丹精込めて作った思い出を、彼とのプライベートな瞬間を、ためらいもなく撮影していく。

「新しいアルバム、作るね」

彼女は言った。

「一から、新しく」

一から、新しく。

私を完全に消し去り、私の思い出を彼女のもので上書きするつもりなのだ。

「このプレイリストは何?」

近藤美咲が彼のスマートフォンをスピーカーに繋ぐと、表示されたのは『律&春菜 Forever』というタイトル。

私の、プレイリストだ。三ヶ月記念に作ったもの。彼を思い出す曲、デートで聴いた曲、私たちの物語を語る曲をミックスしたもの。

「ただの古いプレイリストだ」

律は素早く言った。

「消しちゃいましょうか? 新しい曲を入れるスペース、作らないと」

「ああ、いいよ」

三ヶ月かけて丁寧に選んだ曲たち。一曲一曲に、私たちの意味があった。嵐の『One Love』は、初めて二人でカラオケに行った時に彼が歌っていたから。back numberの『花束』は、卒業式の日に『この歌みたいに、ずっと大切にしたい』と彼がLINEしてくれたのを思い出させるから。

消えた。削除された。まるで、存在しなかったかのように。

「うん、これでよし」

近藤美咲は言う。

「これで私たちのプレイリストが作れるね。私を思い出す曲って、何?」

彼は少し考える。

「君がいつもかけてる西野カナの曲。『Darling』だっけ?」

「最高!」

彼女はすぐにそれを追加した。

ダーリン。ありきたりで、分かりやすくて、個人的な意味なんて何もない。私が私たちの特別な瞬間に結びつく曲を何時間もかけて選んだのとは大違いだ。でも、もしかしたら彼はこちらの方がいいのかもしれない。簡単で、複雑じゃなくて、忘れやすいものが。

彼らはデザートのために十八番テーブルに戻る。ティラミス。二回目のデートで私が彼に教えた、思い出のデザートだ。

「あなたって本当にすごいよね」

近藤美咲はテーブル越しに手を伸ばしながら言う。

彼女は、指で自分の心臓を二回、とんとんと叩いてみせた。私の合図。仕事中に声に出して言えない時に『愛してる』と伝える、私だけの方法。

律の体が、固まった。

「どこでそれを覚えたんだ」

彼は尋ねた。

「何を?」

「その……心臓のやつだ」

「ああ、ただ可愛いなって思っただけ。秘密の暗号みたいで」

彼女は、もう一度やってみせる。

「何か、意味があるの?」

意味は、『愛してる』。

忙しいシフト中に、言葉にはできないけど彼に気持ちを伝えたくて、私が考え出した合図。私たちだけの、特別で、ユニークなものだと思っていた。でもどうやら、ただ可愛いだけで、誰でも真似できる、取るに足らない仕草だったらしい。

「いや」

律は言った。

「何の意味もない」

嘘つき。

でも近藤美咲は、自分が盗まれた言葉を使っているなんて知らない。彼女はこの可愛らしい小さな仕草を、自分が発明したと信じている。きっとフォロワーにも話すだろう。私たち二人の、可愛い秘密の合図だって。

清水友里は仕込みを終えるために遅くまで残っていたが、本当は様子を窺っていたのだ。律がトイレに立った隙に、彼女は近藤美咲に近づく。

「ちょっと聞いてもいい?」

清水友里が言う。

「もちろん!」

「ここで働き始める前、春菜のこと、よく知ってた?」

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