第285章

二人とも口を開かず、岩崎奈緒はその姿勢を崩さないまま、必死に平静を保とうとしていた。

藤原光司は、その長い指を組んで擦り合わせ、手の泡を洗い流すと、そばにあったペーパータオルを抜き取り、ゆっくりと指先を拭う。

一分にも満たない時間のはずなのに、一世紀もの長さに感じられた。

藤原光司は使い終えたペーパータオルを傍らのゴミ箱に捨てると、彼女の平静を装った顔を見て、ふっと笑った。

「俺がそんなに怖いか?」

普段は能弁な彼女が、今はすっかり怯えきって口もきけないでいる。

ここまで言われてしまっては、岩崎奈緒も応じないわけにはいかず、仕方なく顔を上げて彼を見つめた。

「藤原社長は私の上司...

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