第86章

彼女は深呼吸を一つして、藤原光司の方を向いた。「藤原社長、もし今日K市へお戻りになるのでしたら、私の車でお送りしましょうか」

茅野梓は傍らで目を丸くし、途端に焦り出した。なるほど、岩崎奈緒はこんな魂胆だったのかと。

「よくもまあ、この泥棒猫!旦那がいながら外で男を引っ掛けようとしてたのね!どうりで一度は立ち去ったくせに、わざわざ引き返してきたわけだわ。車を壊したのもあんたでしょ、この機会を待ってたってわけね。なんて厚かましいの!みんな、ちょっと見てよ!これでも一応、学のある人間なのよ!」

中庭の入り口にはもともと人影はまばらだったが、茅野梓がそう怒鳴りつけたことで、出入りする人々が一斉...

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