第2章

陽一のオフィスに呼び出された。

ソファには田中月子が腰を下ろしている。

陽一は重厚な執務用の椅子に深く座り、表情を曇らせ、眉間に深い皺を寄せていた。

私たち二人の瞳はよく似ていると、多くの人が言う。どちらも母譲りのものだ。

おそらく、それだけが私たちの間に残された、僅かな血縁の証明なのだろう。

「神宮眠子」

彼は冷淡な口調で名を呼ぶ。座るように促すことさえしなかった。

「月子は途中から部署に配属されたとはいえ、主任としての能力は十分にある」

陽一の声色が厳しさを帯びる。

「裏で噂を流し、他の社員と結託して月子を孤立させるなんてな。神宮眠子、お前のその根深い悪意はどうにかならないのか」

その言葉を聞いた月子は、目元を赤く染め、瞳に涙を浮かべた。うつむくその姿は、かつて家で陽一に告げ口をしていた時の姿と不気味なほど重なる。

「陽一さん、もう言わないで。私のために兄妹喧嘩なんてしてほしくないの」

彼女は消え入りそうな声で呟く。その響きには、あざといほどの健気さが滲んでいた。

私は危うく吹き出すところだった。

あまりにも見慣れた茶番劇。もう十数年も繰り返されてきた光景だ。

「他の同僚が田中さんをどう評価しているかは知りません。それは彼らの自由であり、私には関わりのないことです」

私は感情を押し殺し、淡々と告げる。

「それに、会社の皆さんもそれぞれの判断力を持っていますから」

陽一は勢いよく立ち上がり、怒りに任せてデスクの万年筆をなぎ払った。

黒いインクが飛び散り、私の濃紺のスカートの裾を汚す。けれど、私は一歩も引かなかった。

「どういう意味だ? 月子に資格がないとでも言いたいのか?」

彼は詰問する。

私は鞄から一枚の書類を取り出し、彼のデスクに置いた。

「退職願です」

陽一は一瞬呆気にとられたが、すぐに怒りを倍増させた。彼は退職願をくしゃくしゃに丸めると、私の足元に投げつける。

「お前はまだ高校生気分か? そんな幼稚な抗議に何の意味がある」

私は屈み込み、皺だらけになった紙を拾い上げると、静かにそれを広げた。

わがままを言う資格なんて、私には端からなかったことくらい熟知している。それは愛されている子供だけに許された特権だ。

どうして私にあるはずがあろうか。

「人事部には、自分で手続きに行きます」

廊下に出ると、月子が早足で追いかけてきた。馴れ馴れしい口調で呼び止める。

「眠子ちゃん、待って!」

彼女は私の腕を掴み、心配と悲しみを装った表情を作る。

「私のせいで二人の関係が壊れるなんて嫌。もし眠子ちゃんが本当に嫌なら、私から異動願いを出してもいいのよ」

私は足を止め、振り返って彼女を見据えた。

「田中さん、その手は確かに陽一にはいつだって効果覿面ね」

私は不意に彼女の手首を掴んだ。血の気が引くほど強く。

「でも、私と彼の間には親情なんてものは最初から存在しないし、関係が壊れるもなにもないの。はっきり言って、彼は貴女にこそ本当の妹になってほしいと願っているわ」

手を離し、私はエレベーターへと向かう。突如、胃のあたりを激しい痛みが襲い、手すりにしがみつかなければ立っていられないほどだった。

かつて私と陽一の関係は疎遠ではあったけれど、少なくとも表面上の平和は保たれていた。

彼は私が親しみたいと願った家族だった。ほとんど家に寄り付かない多忙な父とは違い、陽一は少なくとも私の生活の中に存在していたから。

だが、月子が神宮家に引っ越してきてから、すべてが変わってしまった。

彼は月子に対して、私には一度も見せたことのない優しさと忍耐強さを向けた。私に対するような棘のある言葉も、冷たい視線もそこにはなかった。

月子が転校してきて五日目、陽一は私に手を上げた。

学校で月子をけしかけていると決めつけ、ありとあらゆる侮蔑の言葉で私を罵った。

弁解しようとしたが、彼は終始、月子の味方だった。

その瞬間、私は悟ってしまったのだ。陽一が必要としているのは真実ではないと。

彼はただ、ある感情をぶつける機会を求めているだけだった。

たとえば——隠しきれない憎悪、といったものを。

思春期の私は、彼に反抗しさえすれば、少なくとも私を見てくれるのではないかと幼稚な期待を抱いていた。

けれど、十八歳のあの年。

私は地獄へと引きずり込まれた。

私と彼の関係も唐突に冷え切った。

言い争うことも、敵対することもなくなる。

ただ、他人行儀な距離だけが残った。

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