第2章

黒川司の口元が微かに歪み、その表情に私は背筋が凍るのを感じた。

彼が何故笑っているのかよく分からず、ただ居心地の悪さを覚える。

『わ、私、もう一発叩いてやります!』

けれど、システムは必要ない、と答えた。

『彼の表情が、どうもおかしい』

表情がおかしい?あれは怒りのあまり笑っているのではなくて?

私は不可解に眉をひそめ、この息の詰まるような庭から立ち去ろうとしたその時、黒川司が不意に近づいてきた。

彼の吐息が私の耳元を掠め、低く危険な声が響く。

「面白い女だ。他の手管は?全部見せてみろ」

「変態!」

私は小声で罵り、慌ててその場から逃げ出した。


夜が更け、矢留家は風がカーテンを揺らす音だけが響くほど静まり返っていた。

うとうとと眠りについた頃、誰かがそばにいる気配をぼんやりと感じて目を開けると、ベッドの脇に見知らぬ男性が立っているのが見え、私は恐怖に息を呑んだ。

「ひゃっ!」

私は条件反射で枕を掴んで胸の前に構え、危うく悲鳴を上げそうになる。

「静かに、私だ!」

「システムさん?」

私は信じられないといった様子で目を見開いた。

「どうして……人間の姿に?」

月光がカーテンの隙間から差し込み、彼の輪郭を照らし出す。

身長は一八五センチほどだろうか。仕立ての良い黒のスーツを身にまとい、袖口はきっちりと前腕まで捲り上げられている。銀色の桜の花をかたどった髪飾りが、月光を浴びて微かにきらめいていた。

ごくり、と私は喉を鳴らす。

「腹が減っているのか?」

システムは眉をひそめた。

私は慌ててそんなことはないと首を振り、己の邪な心を収めた。

「今日のお前の働きぶりはあまりに酷い。特別に強化訓練を施しに来た」

「システムさん……いつでも人間の姿になれるんですか?」

「特殊な状況下に限る。それに、大量のエネルギーを消耗する」

システムは冷静に説明した。

「だが、今日のお前の様子は憂慮すべきものだ。非常手段を取らざるを得ない」

「私、精一杯やりました……」

私は悔しそうに弁解する。

「全く足りていない」

システムの声音に、反論の余地はなかった。

「だから、お前が黒川司にしたいと思っていることを、まずは俺で練習することを提案する」

そんなこと、できるわけがない!

しかし、システムに冷ややかに一瞥されただけで、私は一切の反論ができなくなってしまった。

ごくりと緊張して唾を飲み込み、震えながらベッドから這い出すと、おずおずと口を開く。

「ひ、跪け……ですか?」

システムは躊躇なく片膝をついた。

私はさらに恐る恐る言った。

「もう片方の足も……跪いてください」

彼の黒々とした瞳が私を深く見つめ、それが私をさらに怯えさせる。

私は用心深く彼のスーツのズボンに爪先を乗せ、この奇妙な支配感に身を委ねた。

「お嬢様」

システムは両膝を離して跪き、スーツのズボンがぴんと張り詰める。革靴を履いた足は揃えられ、彼は微笑みながら顔を上げた。その眼差しには、私の読み取れない感情が宿っている。

「他の手管は?どうぞ、全てお見せください」

その言葉――黒川司が言ったのと、ほとんど同じじゃないか!

緊張で足が震え、私はふらりとバランスを崩してベッドに膝から崩れ落ち、そのまま前のめりに倒れ込んだ。

システムが素早く手を伸ばして私を受け止める。その手のひらは温かく、力強い。

「本当に臆病だな」

彼は微かに笑みを浮かべ、囁いた。

「お前では誰もいじめることなどできやしない」

私は深呼吸し、勇気を奮い起こして、そっと佐藤システムの頬を平手で打った。

力は込めていないのに、それでも緊張で涙が滲んでくる。

「ごめんなさい……」

私は無意識に謝ってから、しまったと唇を噛んだ。

「違う、謝っちゃダメなんだ。本当の悪役令嬢みたいに、あなたの頭に乗って威張り散らさなきゃいけないのに……」

涙が、制御できずにシステムの頬にぽたぽたと滴り落ちる。

この忌々しい涙失禁体質が憎い。緊張するたびに、勝手に涙が流れてしまうのだ。

システムの口角が微かに上がる。彼は何も言わなかったが、私たちを繋ぐ思考回路を通して、私は偶然にも彼の考えを捉えてしまった。

『まったく。あの黒川とかいうクズがいじめられてどれだけ悦に入っているか想像するだけで反吐が出る。あいつがこんなご褒美をもらう資格があるか?あいつをいじめさせるくらいなら、俺のそばで可愛いマスコットでいてくれた方がよほどいい。頭の上に乗るどころか、顔の上に乗ったって構わないのに……』

「待って、いじめられて悦に入る?」

私は困惑して尋ねた。

システムは眉をぴくりとさせ、顔に驚きの色がよぎると、即座に思考の電流接続を切断した。

「今システムさんが考えてた……いじめられて悦に入るって、どういう意味ですか?」

システムは立ち上がり、スーツの襟元を整え、いつもの事務的な表情に戻る。

「お前は任務をどう完遂させるかに集中すべきだ。余計な憶測をするのではなく」

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