第2章

絵里

二ヶ月。

トイレで、震えが止まらない手で妊娠検査薬を見つめていた。

ピンクの線が二本。

これ以上ないほどくっきりと、私をあざ笑っている。

「うそ……一回しかしてないのに……」私の声は、かろうじて囁き声と呼べる程度で、狭い個室に虚しく響いた。

忌々しい蛍光灯の光が頭痛を誘い、消毒液の匂いが吐き気を催させる。

いや、吐き気はもうずっと前からあった。三日も続いた朝のむかつきを、ただの季節性の風邪だなんて、馬鹿な思い込みをしていたのだ。

「お客さん、大丈夫です? もう十分経ちますけど」しびれを切らした店員がドアをノックした。

「大丈夫です……すぐ出ます」平静を装ったけれど、声の震えは誰の耳にも明らかだっただろう。

鏡に映る自分を見る。幽霊のように青ざめ、目の下には隈がくっきりとでき、まるで病人のような顔色だった。

二ヶ月もの間、あのクズ男の影から逃れられたと思っていた。

間違っていた。

大間違いだった。

「晃……あんたのせいで、私の人生めちゃくちゃよ」鏡の中の自分を睨みつけ、堪えきれずに涙が頬を伝った。

彼の本名さえ知らない。偽りの名前、偽りの名刺、そして「サービスの対価」として渡された15万円.......私は彼にとって、使い捨てのおもちゃにすぎなかった。

そして今、彼の子を身ごもっている。

トイレから飛び出すと、外で待っていた年配の女性にぶつかりそうになった。店中の客が、まるで私を見世物でも見るかのようにじろじろと見つめている。

ここから、逃げ出さなければ。


午後二時、私は重い足取りでバーに入った。

オーナーの悠斗はオフィスにいて、机の上には半分空になった煙草の箱が置かれ、室内は霧のように煙が立ち込めていた。彼が私に気づくと、その顔に気まずそうな何かがよぎった。

「絵里、座って。話がある」

胃がずしりと落ちる。悠斗が従業員と「話す」のは、クビにするときだけだ。

「すまない、絵里。君の接客について、深刻なクレームがいくつか入っててね」彼は私と目を合わせようともしない。「申し訳ないが、辞めてもらうことになる」

世界から音が消えた。

「クレームって何ですか?」冷静さを保とうとしたが、声は震えていた。「私は一度も.......」

「これ、一ヶ月分の給料だ」悠斗は机越しに封筒を滑らせてきた。相変わらず視線は合わない。「今日はもう上がっていい」

血が逆流するような感覚に襲われた。妊娠して、今度は失業。

私は机の縁を、指の関節が白くなるほど強く握りしめた。

「誰?」私は彼を睨みつけた。「具体的に教えてください」

「お客様の情報は明かせない」彼は震える手で煙草に火をつけた。「すまない、絵里」

その時、私の携帯が鳴った。大家の鈴木さんからだった。

「水原さん、あんたのアパート、今の家賃の倍で貸してほしいって人がいてね」彼の声は氷のように冷たかった。「二十四時間以内に出て行ってもらうよ」

世界が崩壊した。

「でも、契約はまだ半年残ってます!」私はほとんど叫んでいた。

「契約書に貸主都合の解約条項がある。交渉の余地はない。明日の夜までに出て行ってくれ」

電話は一方的に切れた。

悠斗に目をやると、彼は机の上の書類に突然、強い関心を示していた。

「ずいぶん都合のいいタイミングだと思いませんか?」私は乾いた笑いを漏らした。「仕事とアパートを同じ日に失うなんて」

悠斗が顔を上げると、その瞳に今まで見たこともない恐怖の色が浮かんでいた。「考えすぎるな。これはただの……偶然だ」

ふざけるな!畜生!


午後十一時。

まるで神様が世界を洗い流そうとしているかのように、雨が降りしきっていた。私はボロボロのスーツケースを傍らに、アパートの外に立ち尽くし、ずぶ濡れになっていた。

点滅する街灯が、私の惨めさをあざ笑っているようだった。

行くあてなど、どこにもない。

手元にあるのは、悠斗がくれた金と、あのクズ男が残していった15万円だけ。使う気になれずずっと持っていたが、今となってはそれが幸いだった。

しかし、N市でこの金がいつまで持つだろうか。

私はくしゃくしゃになった偽物の名刺を取り出し、「五島晃」という名前が雨で滲んでいくのを見ていた。

二ヶ月前、この番号に電話をかけて「おかけになった電話番号は、現在使われておりません」という音声を聞いたことを思い出す。

最後の望みさえ、偽物だったのだ。

名刺を拳の中で握りつぶす。爪が手のひらに食い込んだ。あの男は、私に本当の連絡先を教える手間さえ惜しんだ。私は彼にとって、ただの一夜限りの相手だったのだ。

「クソ野郎!」私は名刺をずたずたに引き裂き、雨の降る夜の闇に投げ捨てた。「あんたが全部壊したんじゃない!」

紙片は、粉々になった私の人生のように、風に舞って消えていった。

雨と涙が顔の上で混じり合う――どちらがより苦いのか、もう分からなかった。

「どうすればいいの……赤ちゃんは……私は、どうしたら……」私はしゃがみ込み、世界に見捨てられた子供のように膝を抱えた。

「お嬢さん、こんな夜更けに危ないですよ。タクシー呼びましょうか?」親切な見知らぬ人が立ち止まって声をかけてきた。

顔を上げると、同情的な目をした五十代くらいの男性がいた。

「お金が……」私はサンドペーパーのようにかすれた声で首を振った。「もう何も残ってないんです」

彼はため息をつき、私の手に3000円を押し付けると、足早に去っていった。

3000円。

今夜は路上で寝るしかないのかと思った、その時だった。一台の黒いトヨタ・センチュリーが、ゆっくりと私の前に停まった。

雨が窓ガラスを伝っているが、中にいる人影はそれでも見て取れた。

窓が下ろされ、見覚えのある横顔が現れる。

心臓が止まりそうになった。

まさか……。

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