第3章 母を想う

その時、主任の二宮倫太郎が軽く咳払いをし、会議室を静まらせようとした。「皆様、盛大にご紹介させていただきます。我々の投資家、江口匠海様です!」その四文字が発せられると。

江口匠海?

途端に場内は蜂の巣をつついたような騒ぎとなり、そして誰もがはっと悟った。自分たちが所属するこの実験室が、江口グループの傘下であったという事実を。

司会者の声には、興奮と畏敬の念が混じっていた。「本日より、江口様が我々国際病院を更なる輝かしいマイルストーンへと導いてくださいます。皆様、盛大な拍手でお迎えください!」

沸き立つような雰囲気の中、田中春奈ははっと顔を上げた。彼女の視線が、江口匠海のものと不意に交差する。その瞳は夜空のように深く、鷹隼のごとく鋭利で、まるで人の心の奥底にある秘密までも見透かすかのようだった。

常人ならば目を逸らすところだが、田中春奈は逆にその視線を受け止めた。心の中で密かに呟く。『もしかして、私を探していたっていうあの江口家?』

江口匠海はわずかに頷き、二宮倫太郎に淡々と命じた。「始めろ」だが、もはや誰が会議の内容など気にかけるだろうか?江口匠海、この歩く男性ホルモンは、すでに会場中の注目を一身に集め、街中の女性たちの夢の恋人となっていた。その魅力に抗える者などいない。

会議室内は、江口匠海の落ち着いた力強い声を除けば、彼を盗み見る少女たちの恥じらうような眼差しと、抑えきれない低い感嘆の声だけで満たされており、たまらない空気が漂っていた。

会議室内は、微妙な緊張感に包まれていた。

二宮倫太郎の声が、平地に起きた雷鳴のように再び響き渡る。「今回の研究グループは、田中春奈をチームリーダーとし、ウイルス抑制剤の研究を担当してもらう」突然の指名に、田中春奈の体はびくりと震えた。彼女は一瞬ためらった後、深く息を吸い込み、毅然として立ち上がると、合図するように頷いた。

田中春奈は、心の中で思案する。『江口家?私をずっと探していたっていう、あの江口家なの?』

そのため心ここにあらずで、視線はあちこちを彷徨い、常にどこかから灼熱の視線が影のように付きまとっているのを感じていた。こっそりと一瞥すると、またしてもあの心臓が跳ねるような人影があった。その得体の知れない圧迫感に、彼女の胸はきゅっと締め付けられた。

会議が終わるや否や、田中春奈は脱兎のごとくその場から逃げ出した。その慌ただしい後ろ姿は、江口匠海の目にはまた違った風景として映っていた。彼の口元には、気づかれにくい笑みが浮かぶ。まるでこの予期せぬ追いかけっこを楽しんでいるかのようだった。

夜、山腹に静かに佇む豪華な別荘。温かい黄色の光の中、男が一人佇んでいる。その身体のどの線も非凡な雰囲気を醸し出していた。彼は手縫いのオーダーメイドシャツを身に着け、生地がその屈強な肉体にぴったりと張り付いている。その姿は光によって細やかに彫琢され、まるで漫画から抜け出してきた人物のようだった。

その時、秘書が急いで書類を差し出した。「社長、田中春奈の資料が揃いました」

江口匠海はファイルを開いた。写真の中の少女は、まさしく今日実験室で、彼の心の琴線に不意に触れた田中春奈その人だった。

だが江口匠海がそれ以上に気になったのは、写真に写るもう一つの小さな人影だった。四、五歳くらいの小さな男の子が、パーカーにジーンズ姿でいる。田中春奈は優しくその子の服を整えており、その目には溺愛の色が満ちていた。

この光景に、江口匠海の眼差しは一瞬にして複雑なものへと変わった。

この子?まさか彼女は……もう結婚しているのか?その考えが巨石のように心の湖に投じられ、幾重にも波紋を広げた。

江口匠海の眉がわずかに顰められる。もし本当にそうなら、彼はもう祖父の遺言に従い、彼女を妻に迎える必要はないのかもしれない。

彼が物思いに沈んでいると、不意に携帯電話の着信音が鳴り、思考を中断させた。画面には「由衣」の二文字が点滅している。電話に出ると、すぐに田中由衣の甘えた声が聞こえてきた。「匠海、会いたいよ。もうずっと会いに来てくれないじゃない」

「最近忙しくてな。時間ができたら会いに行く」江口匠海の声は平坦だった。

「待ってるからね!」田中由衣がなおも駄々をこねるように甘えるので、江口匠海は辛抱強く応じるしかなかったが、心の中はすでに荒れ狂っていた。

電話を切った後、彼は運転手に低い声で告げた。「実家に戻る」短い言葉の中に、有無を言わせぬ決断が滲んでいた。

「若菜、覚えてる?この間話した研究資料のことなんだけど……」田中春奈が話を切り出した途端、電話の向こうからプツリと回線が切れる音がした。

「もしもし?もしもし!」田中春奈は呆然とし、スマートフォンの画面に表示された通話終了の文字が目に刺さるようで苛立った。彼女は軽くため息をつき、ゆっくりとスマートフォンを置いた。胸中は複雑な思いで満たされていた。

「マミー、何を考えてるの?スマホ見てぼーっとしてるよ?」舌足らずな声が彼女の思考を遮った。息子の田中克哉が、ぴょんぴょんと跳ねながら彼女の前にやってくる。その瞳は人の心を照らすほどに輝いていた。

田中春奈はしゃがみ込み、優しく彼の頭を撫でた。「克哉、マミーね、明日はどんなサプライズを用意しようか考えてたのよ」

「わあ!ほんと?じゃあ、じゃあ、ぼくの大好きなミルクボーロ食べてもいい?」小さな男の子は目を三日月の形に細め、興奮のあまり飛び跳ねんばかりだった。

「もちろんいいわよ、私の小さな王子様」

「じゃあ、今すぐ歯磨きして、マミーの一番いい子になる!」そう言うと、小さな男の子は一目散にトイレに駆け込み、鈴を転がすような笑い声を残していった。

田中春奈は息子の後ろ姿を眺め、口元が自然と綻んだが、すぐに一筋の憂いがその表情を覆った。五年だ。母に「勘当」されてから、彼女はずっと海外で一人で奮闘してきた。この子を密かに産んだことさえ、実家には知らせることができなかった。心の中で呟く。『来るべきものは、いずれ来る。私、もう逃げてばかりの田中春奈じゃない』

ついに、彼女は床までの大きな窓の前に歩み寄り、窓の外を眺めながら、かすかに震える指であのよく知る番号を押した。

「もしもし?どちら様?」電話の向こうから、母親の少し年老いた声が聞こえた。

「お母さん、私、春奈」田中春奈の声はわずかに震え、目頭が思わず熱くなった。

「春奈!あなたって子は、五年も何の音沙汰もなくて、私がどれだけ心配したと思ってるの!」田中美智子の声は瞬時に昂った。

田中春奈は深く息を吸い、自分の声が平坦に聞こえるよう努めた。「お母さん、ごめんなさい。この数年ずっと海外で仕事をしていて、ようやくこっちに転勤になったの」

電話の向こうは数秒沈黙し、それから田中美智子の少しむせぶような声が聞こえてきた。「そう、そう……あなたが帰ってきてくれるなら、それだけでお母さんは嬉しいわ。あの時の言葉は、全部腹立ちまぎれよ。あなたを追い出すなんて、一度も思ったことはないんだから。帰りなさい、あなたの部屋は、ずっとそのままにしてあるわ!」

田中春奈の心臓はきゅっと締め付けられ、一瞬ためらった後、やはり口を開いた。「私……今週、帰るわ」

田中春奈は母親の言葉を聞き、心の中のわだかまりが少しずつ解けていくのを感じた。温かいものが全身に広がっていく。

「お母さん、私も会いたかった。帰ったら、私の大好きな料理を作ってね」

「ええ、お腹いっぱい食べさせてあげるから」田中美智子の言葉は期待に満ちていた。

電話を切った瞬間、彼女は深く息を吸い込んだ。部屋に戻ると、小さな男の子はもうパジャマに着替え、彼女を待っていた。田中春奈はそっとベッドのそばに歩み寄り、息子を腕の中に抱きしめ、優しく彼の耳元で囁いた。「週末になったら、マミーがおばあちゃんのおうちに連れて行ってあげる。いい?」

「ほんと?」小さな男の子の瞳が驚きに輝いた。

特に田中由衣には知られてはならない。息子、田中克哉は、彼女の人生におけるあの予期せぬ妊娠によって授かった宝なのだ。

一方、黒田若菜の心は、まるで熱した鍋の上の蟻のように、焦燥感でいっぱいだった。彼女は田中春奈の帰還が、自分にとって頭上に吊るされた剣であり、いつ自分の身を暴くかもしれないことをよく分かっていた。行動を起こさなければならない。あの年の秘密が暴露されるわけにはいかない。そこで、彼女はためらうことなく田中由衣の電話番号をダイヤルした。

「もしもし、田中由衣さん。悪い知らせがあるの。田中春奈が帰ってきたわ……」黒田若菜の声は極度に低く抑えられ、いくらかの緊張が滲んでいた。

「田中春奈?あの子、とっくにどこかで死んだと思ってたのに」田中由衣は緊張のあまりスマートフォンを落としそうになった。まさか、永遠に消えるはずだった人間が、再び現れるとは。

「さあね。もしかしたら五年も前のあの事件を調べに帰ってきたのかも。万が一、彼女に知られたら……」黒田若菜はわざとそこで言葉を切り、探るような口調で言った。

田中由衣の心はどん底に沈んだ。彼女は歯ぎしりするほど悔しかった。なぜ田中春奈は永遠に消えてくれないのか?今の自分の幸せは、すべて田中春奈の苦しみの上に成り立っているというのに。

「安心して。私たちは一蓮托生よ。私が何とかするわ」

黒田若菜は目的を達したのを見て、それ以上は何も言わずに電話を切った。

田中由衣はスマートフォンを握りしめ、顔色は暗く、心の中ではすでにある企みが動き出していた。田中春奈に、今自分が手にしているすべてを壊させるわけにはいかない。特に、江口匠海の妻という地位は、何としても手に入れるのだ!

あっという間に週末が訪れ、田中春奈は母親との約束通り、高橋家へ食事に帰ることになった。

田中美智子は朝早くからキッチンで忙しく立ち働いていたが、田中春奈の好みや食べられないものをうっかり忘れてしまっていた。

「こんなに海産物を買ってどうするんですか。無駄遣いばかりして……」使用人が、家の中の権威を怒らせないようにと小声で注意する。田中美智子はそれでようやくはっと気づき、心に罪悪感と自責の念がこみ上げてきた。

この日の食事は、穏やかでは済まない運命にあった……

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