第61章 克哉がいなくなった

田中春奈がエレベーターに足を踏み入れた途端、隣に立つ男から放たれる低い気圧を敏感に感じ取った。まるで全世界が彼に説明を求めているかのような雰囲気だ。

彼女の心はキュッと引き締まり、彼の車に乗るという考えは一瞬で消え去った。エレベーターのドアが「チン」という音を立てて開くと、彼女はためらうことなく口を開いた。

「江口社長、お気遣いなく。自分でタクシーを拾って帰りますので」

江口匠海は彼女を一瞥した。その深淵な瞳の奥には、容易には窺い知れない不快な感情が隠されている。

しかし、彼女がスマホで配車アプリを操作しようとしたその時、強い力で手首を掴まれた。

彼女が顔を上げると、江口匠海の揺る...

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