第1章

時計が午前零時を告げた。サウンドシティの冷たい空気の中で、私は意識を取り戻した。

すべてが闇に呑まれてから、ちょうど一年が経つ。

スタジオBは、私が死んだ夜と寸分違わぬ姿でそこにあった。月光がブラインドの隙間から射し込み、ヴィンテージ機材の上に鉄格子のような影を落としている。古いテープと、淹れたまま放置されたコーヒーの香りが、まだ空気に染みついていた。

昔は好きだった匂い。でも、今はもう……。

チャンネル12のフェーダーに手を伸ばす。知司がいつも、私の声にぴったりの抵抗感だと褒めてくれた、愛用のチャンネル。けれど、指は煙のように金属のノブをすり抜けていった。

「なんなの、これ……」

自分の手を見つめる。光が、もはや実体を失った指の輪郭を歪ませていた。この空虚な感覚にも、まだ慣れることができない。

壁には、知司が取り付けてくれたゴールドディスクが今も掛かっている。『ライジング・タイド』、『ウィスパー・イン・ザ・ダーク』、『ラスト・コール・フォー・ラブ』。だが、見慣れないものが一つ加わっていた。真鍮の追悼プレートだ。『天瀬香奈を偲んで(1995-2023)』

「一年も経って、私はまだここにいるっていうのに……!」

プレートに触れようとしても、指は冷たい水面を掻くように通り過ぎるだけ。プレートに埋め込まれた写真の中の私は、トルバドールでのライブの真っ最中だった。目を閉じ、音楽にすべてを委ねている。ああ、なんて生き生きしているのだろう。

なのに、どうして成仏できない? なぜ、この場所に囚われているの?

その時、古いラジオがバチッと不吉な音を立てて鳴り出し、私の心臓が跳ね上がった。

「グッドモーニング、ロサンゼルス! キースFMから速報です!」スタジオにライアンの陽気な声が響き渡る。「音楽プロデューサーの中村知司氏と、新進気鋭の歌姫ブリス・ハートウェル――ご存知、グローバル・ミュージック・グループCEO、リチャード・ハートウェルのご令嬢ですが――二人が婚約を発表しました!」

……は?

私の、知司が? あの作り物みたいな女と?

「では、このホットなカップルにお電話が繋がっています! ナカムラさん、いつ恋に落ちたんですか?」

毎晩、おやすみのキスを交わした、あの聞き慣れた声がスピーカーから流れてくる。「ブリスは信じられないほど才能があるんです。最初はただ、彼女の力になりたいと思っただけで……」

「まあ、トモシったら!」ブリス・ハートウェルの吐き気がするほど甘ったるい声が、私の耳を汚す。「実は、カナがまだいた頃、私、『勉強のため』って言って、よく二人のスタジオに通ってたんです。トモシはいつも、すごく根気強く教えてくれて……」

冗談じゃない。すべてが、濁流のように蘇ってきた。

ブリス・ハートウェル。欲しいものは何でも手に入れてきた、グローバル・ミュージック・グループの甘やかされた箱入り娘。

デザイナーズブランドの服で私たちのスタジオに現れては、「創作のプロセスを見学したいんです」なんて猫なで声で言っていたのを思い出す。

当時は、パパの金で夢を追う勘違い女だと、そう思っていた。でも今ならわかる。知司がミキシングをする時、彼の肩越しに覗き込むあの仕草を。手入れの行き届いた指先が、「偶然を装って」彼の手を掠めるのを。コーヒーを差し入れ、何時間も居座っては、彼の一言一句に聞き入っていたあの姿を。

「知司はプロとして接してるだけ」その頃の私は、自分にそう言い聞かせていた。「彼女はスタジオ代を払ってるんだから」と。

だけど、私がいない深夜の「ボーカル・コーチング・セッション」は? 知司が自ら彼女のマイク設定や呼吸法を、手取り足取り教えていたのは? 彼が突然、週末の地方ライブを引き受けるよう私に勧めてきたのは、彼が「ブリスのサウンドを完璧に仕上げることに集中する」ためだったなんて……。

一度だけ、ボーカルブースで近すぎる距離にいる二人を見つけたことがある。でも知司は「音響のチェックをしてただけだ」と言った。よくもそんな嘘を。

待って……。私を追い払っていたあの時間、あの女は私のテクニックを盗んでいたっていうの……?

「トモシは、今まで一緒に仕事したどのアーティストよりも私に音楽的直観があるって言ってくれたの」ブリスは、見え透いた無邪気さを声に滲ませながら続ける。「私たちには、この特別な……相性があるのよ」

特別な相性、ですって? 私がまだ生きてるうちから! あの裏切り者、私の目の届かないところで音楽業界のお姫様と寝ていたんだ! それなのに愚かな私は、パパの金で人脈作りに励んでいるだけだと信じきっていた。

「それでは、ハートウェルさんにグラミー賞ノミネート曲、『エターナル・エコー』を披露していただきましょう!」司会者が高らかに告げた。

彼女が歌い始める。「夜の静寂(しじま)に、あなたの声が木霊(こだま)する……」

世界が、止まった。

「それ、あたしの曲じゃないか!」私は虚空に向かって叫んだ。

それは私の『名もなきレクイエム』。私が死んだ夜に録音した、最後のデモ。私のメロディ、午前二時に携帯にハミングした私の歌詞!

だが、それは単なる盗作よりも悪質だった。彼女は、私の声で歌っていたのだ。息遣いも、ビブラートのかけ方も、何もかも。まるで私の魂をAIで複製した音源を聴かされているかのようだった。

「ハートウェルさん、この美しい曲が生まれた経緯についてお聞かせください」司会者が尋ねる。

「トモシが、私の内なる感情を見つける手助けをしてくれたの」彼女は得意げに言った。「彼、私の声が何か……永遠のものを思い出させるって。死を超越する何かを」

知司が、かつては私だけに使ってくれた夢見るような口調で割り込んできた。「不滅の声というものがあるんですよ、ライアン。持ち主が去った後も、声は新しい器を見つける。ブリスは、この……遺産を受け継ぐのに完璧な存在だったんです」

遺産!? 私の声を盗んでおいて、それを遺産だと!?

「そしてハートウェルさん、お父様のグローバル・ミュージック・グループがこのプロジェクトをバックアップしているとなると、お二人には何か大きな計画があるのでは?」

「もちろんです、ライアン! パパはもう、私たちのコラボレーションをグローバル・ミュージック・グループのカタログ全体に広げようって話をしてて……」

そういうことか。知司はブリスだけが欲しかったんじゃない。彼女の父親の帝国が、グローバル・ミュージック・グループそのものが欲しかったんだ。レコーディング契約、業界とのコネ、トップへの片道切符。そのすべてと引き換えに、私の魂を売り渡したのだ。

その瞬間、私の中で何かがぷっつりと切れた。壊れたんじゃない。爆発したんだ。

理性が吹き飛び、スタジオ中の機材という機材が狂ったように暴れ出した。

照明が痙攣するように点滅し、ミキシングボードのメーターは振り切れて踊り狂う。モニターからは鼓膜を突き破るようなフィードバックの絶叫が響き渡り、電球が火花を散らしながら次々と破裂した。

生放送の向こうで、ブリスが突然激しく咳き込み始めた。

「ゲホッ……ゲホッ……無理……」彼女の盗んだ声が、割れたガラスのようにひび割れていく。「喉が……焼けるように、痛い……!」

「大丈夫か?」知司が言ったが、その口調には奇妙な響きがあった。彼は……満足しているように聞こえた。

「み、水を……」ブリスは、しわがれたカラスのような声を絞り出す。

「どうやら我らが歌姫には少し休息が必要なようですね!」ライアンは素早くインタビューを打ち切った。「お二人のご多幸をお祈りします!」

ラジオは砂嵐の音に変わり、私は破壊されたスタジオの中心に一人、漂っていた。

彼らは私を裏切っただけじゃない。すべて、計画ずくだったんだ。

パズルのピースが、恐ろしいほど鮮明に組み合わさっていく。

私が生きていた頃から、ブリスが「彼らの」スタジオに入り浸っていたこと。知司が、彼女が私の歌唱テクニックを盗むのを手伝っていたこと。そして、私が死んだ夜の、あの都合のいいレコーディングセッション。私一人きりで、人生最高の曲に取り組んでいた、あの夜。

傑作を完成させた直後に、私が死んだこと。知司が必要なものをすべて手に入れた、まさにそのタイミングで。

彼は金と権力のために私を売り払った。ハートウェル帝国への黄金の切符と、私の命を交換したのだ。

「あたしが死んだから、あんたの勝ちだと思った?」私は壁に飾られた知司のアーティスト写真に向かって唸った。「あんたは、あたしの音楽のためにあたしを殺したんだ。この裏切り者が!」

外で雷鳴が轟いた。まるで空まで私のために怒ってくれているようだ。

まだ終わらない。幽霊のアンコールは、まだ始まったばかり。

盗まれた一つ一つの音符、嘘で塗り固められたキス、私が土の中で朽ち果てている間にあいつらが吸った一息一息の代償を、必ず払わせてやる。

照明がもう一度、弱々しく瞬き、そして完全に消えた。

暗闇の中で、私は微笑んだ。

死んだ女の声で遊びたい? なら、本物の幽霊が何をしてやれるか、見せてあげる。

ゲーム開始よ、クソ野郎ども。

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