第9章:リース
オフィスでウィスキーのグラスを片手に、今日一日の出来事を思い返しては鬱々としていた。いつものように喉を滑らかに通っていかない。今日起きたことは何一つ辻褄が合わない上、寝不足も手伝って思考はまとまらなかった。昨晩は夜の半分を、グレースの様子が心配で、彼女の部屋の前を行ったり来たりして過ごしてしまったのだ。彼女の状況すべてが、どうにも腑に落ちない。あれほどの怪我を負った少女が、誰にも気づかれずにこれほど長く放置されていたなんてあり得るのか? まるで意味がわからなかった。
午前四時頃、俺は眠ることを諦めた。彼女が安らかに眠っていることを確認してようやく足を止め、オフィスへ向かった。彼女の「群れ」に関する記録をすべて洗い出すためだ。それが合併した群れであることは知っていた。アルファ・エイドリアンは「レッド・ナイト」の正統なアルファであり、キンズリーは「ブラッド・ムーン」の継承者だった。アルファ・アンドリューの死後、二つの群れは統合され、「レッド・ブラッド」と改名した。だが、群れの規模が六割増したという事実以外、特に問題視すべき点は見当たらなかった。
俺は苛立ちに眉間を押さえ、レオンにマインドリンクを送った。「レッド・ブラッド」へ偵察隊を派遣しろと。向こうは誰も来るなど予想していないだろうから、不意打ちで何かしら掴めるはずだ。そう判断し、俺は予定通りグレースを医者に連れて行くなどして一日を過ごした。
だが、不意打ちにはならなかった。それどころか、群れ全体がもぬけの殻だったのだ。辺りには人っ子一人おらず、こんな夜更けになった今も部下に捜索させ続けているが見つからない。信じられなかった。俺はまた、女の罠にかかったのか? 過去に散々味わったはずなのに、彼女だけは違うと思っていた。怒りを抑えきれなかった。誰も彼もが裏がある。グレースも例外ではないと、なぜ気づかなかった?
だが、俺の中の狼が反論してくる。俺はグレース側の事情を何も知らないだろう、と。たとえ権力争い絡みだとしても、彼女があそこまで壊されている理由にはならない。彼女は口がきけないのだ。俺は酷いトラウマのせいだと踏んでいたが……心のどこかで疑ってもいた。秘密を漏らさないための演技ではないかと。
しばらくして席を立つと、気づけば彼女の部屋の前にいた。ゆっくりとドアを開ける。心拍数が跳ね上がった音で、彼女がまだ起きていることがわかった。俺は何も言わず、ただドアに近いベッドの端に腰を下ろした。
思わず手を伸ばし、彼女の髪を撫でていた。そばにいる時間が長くなるほど、彼女をマーキングし、番(つがい)にしたいという衝動が強くなっていく。だが俺の狼は「番だ」と叫びはしない。ただひたすらに、彼女を守ろうとしているだけだ。
「起きているのはわかってる。心音が聞こえるからな」三十分ほど経った頃、俺は口を開いた。「医者の診察はどうだったか聞きに来たんだ」
驚いたことに、彼女は一瞬ためらっただけで、サイドテーブルから二つの物を掴み取り、俺のほうへ突き出した。
俺は驚いて眉を上げ、黒板を渡した。それだけじゃわからない。もっと情報が欲しかった。
彼女はおずおずと黒板を受け取った。顔をしかめたのが意外だったが、やがて彼女は書き始めた。
今度は俺が顔をしかめる番だった。彼女がクリップボードに見せたものは、言葉ではなかった。ただの拙い絵と、クエスチョンマークだけだったのだ。まさか、字が書けないのか?
彼女が薬の扱い方を全く分かっていないのだと気づくまで、長い数秒が過ぎた。兄貴は一体、何をちゃんとやったんだ?
俺はベッドから起き上がり、彼女のためにコップ一杯の水を持ってきた。
「こっちは飲むんだ」俺はそう教えた。「錠剤を舌の上に乗せて、水を一口飲む。それで終わりだ。これを寄越したってことは、あいつも感染症を心配してるんだろうな」
「で、もう一つの方は、背中に塗る薬だ。傷の治りを早くしてくれる」俺は優しく説明を続けた。「塗るのを手伝ってもいいか?」
彼女はベッドの端に座り、体を動かしすぎないように慎重にシャツを脱いだ。その動きだけで痛むのは明らかだった。
「シッ……」俺は囁いた。「少し沁みるかもしれないけど、絶対に良くなるから」
まずは開いたばかりの新しい傷口から処置を始めた。痛いことは分かっていたから、指先が触れるか触れないかという力加減で塗っていく。だが塗り終えた時、俺はどうしてもいくつかの古い傷跡に意識を奪われ、指先でそれらを強くなぞってしまった。
彼女の体が即座に強張った。俺の手の下で彼女が震えるのが伝わってくる。彼女は振り返り、懇願するような瞳を俺に向けた。以前ならその目で毒気を抜かれていただろうが、今は逆に神経を逆撫でされた。この傷は、自分でやったものなのか? だから俺に触られたくなかったのか? 彼女は一体、どんな陰謀に加担しているんだ?
俺は自分が知っていることについて怒鳴り始めたが、彼女は動揺しなかった。その瞳に浮かんだ恐怖は、二度と見たくない類のものだったが、俺は止まれなかった。彼女に対して、そして進行している全ての事態に対して、あまりにも腹が立っていたのだ。
彼女は黒板を掴み、その上で手を必死に動かした。俺は頭に血が上りすぎていたし、ジェスチャーゲームに付き合う気分ではなかったため、その場を離れようとした。あの瞬間、俺たちには互いに距離が必要だったのは明らかだ。
だが立ち去ろうと背を向けた瞬間、彼女の小さな手が俺のシャツを掴んだ。弱々しい力だったが、俺をその場に引き留めるには十分だった。彼女が黒板を指差すと、俺はため息をつき、それを受け取った。
今度は絵ではなかった。いくつか……言葉が書いてあるのか? ああ、言葉だ。判読するのが難しいが。
「『ソト、デナイ』?」俺は黒板に目を細め、読み上げた。
彼女は自分自身を指差して意味を補足した。「君が、一度も外に出なかったってことか?」俺は尋ねた。
彼女は頷いた。その瞳には涙が溜まっているのが見えた。
「街へ出かけなかったってことか、それとも家から一歩も出なかったってことか?」
彼女は二本指を立てた。家から一歩も出たことがないのか……。
俺は次の部分に目を凝らした。『NO』という単語ははっきりしている。その横に棒人間が描かれ、『話す』という言葉にバツ印が付けられていた。
「誰も、君と話さなかったのか?」解読するのに長い時間を要した後、俺は訊ねた。
彼女の顔にパッと喜びの色が浮かび、俺の解釈が正しいことを伝えてきた。
そして、最後の一文。「『ソト、ワカラナイ。デモ、オシエル、タスケル。オネガイ、コロサナイデ』」
胃の腑が落ちるような感覚に襲われた。彼女は本気で、俺が彼女を殺すと思っていたのか? 俺の脳裏にそんな考えがよぎったことさえあっただろうか?
彼女は俺の目の前に立っていた。シャツは着直していたが、あまりにも小さく見えた。弱々しく、必死だった。片手はまだ俺のシャツを握りしめ、もう片方の腕で自分自身を抱きしめ、体を小さく見せようとしているのか、あるいは自らを慰めようとしているようだった。
俺はもう、抵抗するのをやめた。彼女の体を引き寄せ、唇を重ねた。一目見たその瞬間から、俺がずっと待ち望んでいた瞬間だった。
