第1章
沙良の視点
午後の遅い日差しがブラインドの隙間から差し込み、桜井自動車販売のバックオフィスのマホガニーのデスクに金色の縞模様を落としていた。
私は動揺しながら、ドアを押して中に入った。どうして急に店に来てくれなんて言ったの? 家に帰るまで待てないことって何?
拓海は書類から顔さえ上げなかった。冷たく、突き放すような態度。
「沙良、離婚だ」
私はよろめき、支えを求めるように後ろにあった椅子に手を伸ばした。
「……何?」その言葉は、かすかな声になった。
「もううまくいかないんだ」。彼の声は異様なほど落ち着いていて、まるで他人事のように話していた 。「決めたんだ。俺たちは終わりだ」
「十七年よ、拓海」。私の声は震え始めた。「十七年の結婚生活で、私が得たのはこれなの?」
ようやく、彼が顔を上げた。かつては愛していたその瞳が、今では氷のように冷たく感じられた。
「君は……慣れてしまった。当たり前になりすぎたんだ。亜紗は、俺に生きている実感を与えてくれる」
亜紗。
「君の許可を求めているんじゃない、沙良」。彼は立ち上がり、手慣れた仕草でカフスボタンを直した。「こうなる、と伝えているんだ」
叫びたかった。何かを投げつけたかった。説明を求めたかった。だが私は、自分の世界が崩れ落ちていくのをただ見つめながら、その場に立ち尽くしていた。
午後五時の渋滞が車の前をゆっくりと進んでいたが、ほとんど目に入らなかった。ハンドルを握る手は、手が白くなるほど強く握りしめられていた。
赤信号。
その時、震えが始まった。十七年間の思い出が津波のように押し寄せてくる――地域の祭りで初めてデートしたこと、実家で挙げた結婚式、初めて真夜を抱きしめたこと、そして、特別に感じられた何千もの普通の瞬間。
青信号。
おふくろ食堂の前を通り過ぎる。そこでは家族がテーブルを囲み、食事を分け合いながら笑っていた。親が今日一日の出来事を語り合うそばで、子供たちがくすくす笑っている。普通の家族。幸せな家族。
「十七年……」。誰もいない車の中で私は呟いた。「これから、私はどうすればいいの?」
家はまだ、いつもと同じように見えた。キッチンは温かい黄色の光に満ち、壁一面に真夜の写真が飾られている――頬のふくれた幼児の頃から、美しい十七歳の少女になった今まで。
私は玉ねぎを取り出し、受け入れない現実から逃がせるように夕食の準備を始めた。
トントン、トントン、トントン。
玉ねぎの刺激で目に涙が滲んだが、それは野菜のせいではなかった。十七年間の愛と、信頼と、パートナーシップが、きれいな髪と野心的な目をした二十五歳の女のために捨てられたことからくる涙だった。
カラン。
包丁が床に落ちた。
私は台所の床にそのまま崩れ落ち、ようやく嗚咽を漏らした。完璧な妻、支えとなるパートナー、成功した男の陰にいる女――その長年の努力は、一体何のためだったというの?
「ママ?」絶望の瞬間に、真夜の声が聞こえた。
彼女が駆け寄ってくる前に、通学バッグが床に落ちる音が聞こえた。
「ママ、どうしたの? 誰かに何かされた?」
彼女は私の隣にひざまずき、その腕で私の肩を抱きしめた。私の小さな娘は、いつの間にこんなに強くなったのだろう。
「お父さんが……」。私は言葉を絞り出した。「離婚したいんだって、あなた。こんな姿を見せて、本当にごめんなさい」
「謝らないで、ママ」。その声には、私を驚かせるほどの強さが宿っていた。「これはママのせいじゃない」
真夜の視点
七時になる頃には、母はなんとか気を取り直して食卓の準備をしていた。箸を並べ、おしぼりを用意するという慣れた作業が母を落ち着かせているようだったが、その手が震えているのが私には見えた。
その時、駐車場に父の車が入ってくる音がした。
そして、もう一台の車のドアが閉まる音。
玄関のドアが開き、父がまるでここの主であるかのように入ってきた――まあ、事実そうなのだが。彼の後ろからは、いかにも「私は重要な人間で、あなたはそうじゃない」と叫んでいるような高級スーツを着た金髪に染めた女が、気取って歩いてきた。
亜紗。
彼女は、まるで頭の中で既に模様替えを考えているかのように私たちの家を見回し、その笑顔は作り物のように偽物っぽかった。
「真夜、こちらは亜紗だ」。父は新しいビジネスパートナーでも紹介するかのように言った。「お母さんと私が離婚することを、正式に君に伝えたくてね。亜紗がここに引っ越してくる。君は慣れたここにいる方がいいだろう」
亜紗が、あの砂糖菓子のように甘ったるい笑顔で一歩前に出た。「これがみんなにとって一番いいのよ、真夜ちゃん。私たちは幸せな家族になれるわ」
母の顔が一瞬だけ崩れるのを見たが、すぐに彼女は声を取り戻した。
「真夜は私と一緒に行きます。私が欲しいのはそれだけです」
父と亜紗が視線を交わした――私が鳥肌が立つような、そんな視線だった。
「沙良さん、あなたは新しい生活に慣れる時間が必要よ」。亜紗はなだめるように言った。「真夜ちゃんは、ここにいた方が安定するわ。私たちと――」
「やめて」。私は言った。
全員の視線が私に向けられた。
父が爆弾を落としてからずっと溜め込んでいた怒りが、ついに声になった。
「ママ、私のことはいらないんでしょ」。私は声を平坦に、分析するように保った。
私は父の方を向いた。両親から受け継いだ鋼の意志のすべてを込めて。「パパ、ママの慰謝料について、ちゃんと話をする必要があるわ。正式にね」
父は眉をひそめた。「真夜、お前が心配することじゃない――」
「いいえ」。私は彼の言葉を遮った。「これこそ、私が心配しなきゃいけないことよ」
亜紗の目から見下すような色が消え、警戒の色に変わった。
いい気味だ。彼女は心配すべきなのだ。
夜十時になる頃、私は自分の部屋で一人きりだった。ピンクと白で飾られた部屋は、これからやろうとしていることに対して、急に子供っぽすぎると感じられた。
机の上にはノートパソコンが開いており、その隣には何週間も前から静かに集めてきた調査資料をまとめたノートが置いてあった。
私は、母が気づくずっと前から、こうなることを予感していた。
ユーチューブを開き、録画ボタンを押して、とびきりの笑顔を貼り付けた。
「やっほー、みんな! 学校の課題で、地元の企業とか公的記録について調べてるんだ。調べ方さえ知ってれば、すごいことまでわかっちゃうんだね!」
私はわざと間を置いて、笑顔を少しだけ鋭くした。
「続報をお楽しみに! #調査スキル #知識は力」
投稿。
コメントがすぐにたくさん付き始めた。
【真夜、誰かを暴露する気だ!】
【姫様が何か企んでる!】
【何を見つけるのか待ちきれない!】
私のフォロワーたちは、私のことをよくわかっている。
私はノートパソコンを閉じ、窓辺へ歩いて行った。
庭の向こうに、父の寝室――今は亜紗の寝室――の明かりが見える。亜紗はおそらく、自分が勝ったと思っているのだろう。何の代償も払わずに、私たちの家族を壊すことに成功したと。
「ゲーム開始だよ、パパ」。私は夜に向かって囁いた。







