第3章
真夜の視点
学校が終わると、私は通学バッグを肩にかけたまま、中央通り142番地へと急いだ。ドアを押し開けた瞬間、早春の日差しが大きな窓から差し込み、空間全体がペンキと新しい木の香りで満たされていた。
「真夜!」ママがペンキの飛び散った作業着姿で、建築図面を手に振り返った。
三ヶ月前にキッチンで泣いていた女性の面影は、どこにもなかった。今、私の前に立っているのは、自信に満ちた、決意を固めた女性経営者だ。
「ダークブラウンの木製トリム、届いた?」私は興奮して通学バッグを下ろした。「どんな風になるか、早く見たい!」
「あそこよ」。ママは隅に積まれた木材の山を指さした。その瞳は、私が今まで見たことのない光で輝いていた。「この色、温かい照明と合わせたらどう思う?」
私はスマホを取り出し、手際よく写真の角度を調整した。この映像は、私のコンテンツ制作にとって重要な素材なのだ。
「完璧!」撮影しながら私は言った。「でもママ、あの角に無線LANエリアと充電ステーションを設置すべきだよ。信じて、SNSでの拡散が助けになるから」
「無線LANエリア?」ママは戸惑ったように瞬きした。
「ママ、インスタ映えするフォトスポットが必要なの」。私は真剣に説明した。「これが現代のマーケティングなのよ」
近くにいた施工業者の男性が頷いた。「この道二十年になりますが、お嬢さんの言う通りですよ。これは特別な場所になりそうだ」
ママが私の提案を受け入れていくのを見て、私は誇らしい気持ちで胸が一杯になった。
「子供向けの読書エリアはどうかしら?」とママが尋ねた。
「絶対必要だよ!」私は興奮して身振り手振りを交えた。「ママたちは安心してコーヒーを楽しめて、子供たちは遊ぶ場所がある――それって最高の組み合わせじゃない!」
「この場所を、温かい場所にしたいの。どんなママでもここに来て、ただ……息を抜けるような」
午後4時、私はキッチンカウンターの椅子に座り、三脚に立てたスマホをママに向け、二人で試食しながら『ママとのフードテイスティング』シリーズを撮影していた。
カウンターの上には様々な種類のマフィンやケーキ、クッキーが並び、あたりはシナモンとバニラの甘い香りに包まれている。
「うわ、ママ!」私はシナモンパンを大きく一口頬張り、目を見開いた。「このシナモンパン、天国みたいに美味しい! これを看板メニューにしなきゃだめだよ」
ママはチョコレートマフィンの生地を混ぜる手を止め、私の満足げな表情を見ていた。「こんなふうにお菓子を焼くなんて、何年ぶりかしら。ゼロから何かを作り出すのが、どれだけ好きだったか忘れてたわ」
「忘れちゃだめだよ!」私はカメラの角度を調整し、画面に向かって話しかけた。「みんな、ママがずっと開発してきたこの味を、楽しみにしててね。緑野町に史上最高のベーカリーカフェがもうすぐオープンするよ!」
私はママの方を向き直り、心を込めて言った。「ママ、このチョコマフィン……小さい頃、学校から帰ってきた時のことを思い出す味がする」
ママの目が潤んだ。「私が目指しているのは、まさにそれよ。おうちの味」
私は椅子から飛び降りて、ママを抱きしめた。「ママなら、この町中をその温かさで包めるよ」
これが私の計画だった。ただママの開店を手伝うだけじゃない。彼女をこの町で最も成功し、尊敬される女性にすること。
私の寝室は、デジタルマーケティングの司令室へと姿を変えていた。
壁にはカフェの宣伝ポスターや開店までのカウントダウン表示が貼られている。私はパソコンに向かい、おそらくこれまでで最も重要なビデオコンテンツになるであろう映像を制作していた。
画面には、編集済みのグランドオープン告知動画が流れていた。居心地のいい店内のショット、ママがパンを焼く工程、看板商品のクローズアップ。それら全てに、慎重に選んだアップビートな音楽を乗せてある。
「今度の月曜日、緑野町で特別なことが起こります」。私は情熱を込めてカメラに語りかけた。「私の最高のママが、夢のカフェをオープンするんです。フォロワーのみんな、みんな来て、私のお母さんを応援しに来てください!」
私は公開ボタンを押し、息をのんで反応を待った。
五分も経たないうちに、スマホがひっきりなしに震え始めた。
「うっそ!」私は興奮して飛び上がった。「再生回数五万回! コメントは千件以上!」
その間も、私は公式SNSアカウント「ママのコーナーカフェ」を管理し、オープン記念の特別メニューやママの個人的なストーリーを投稿していた。
いいねの一つ一つ、シェアの一件一件が、父への最高の復讐だった。彼は私たちを過小評価したけれど、ネットの世界中がママを応援してくれていた。
月曜の朝7時半、私とママは「ママのコーナーカフェ」の前に立っていた。
ガラスのドア越しに、外にはすでに行列ができているのが見えた。長年の町の友人たちもいれば、スマホを握りしめた若い人たちもいる――あれは私のフォロワーだ! 私のマーケティングは、本当に成功したんだ!
「ママ、準備はいい?」私はママの手を握った。緊張と興奮は、私も同じだった。
彼女は深呼吸を一つして、ドアの鍵を開けた。
お客さん一人一人が、ママの焼いたパンを味わいながら満足そうな表情を浮かべるのを見て、私たちは成功したのだと確信した。ここはただの喫茶店じゃない――ママの新たなスタートの象徴であり、私たち二人にとっての勝利の証なのだ。
拓海の視点
昼時、俺はシルバーのBMWを運転し、目抜き通りをゆっくりと進んでいた。ただ通りがかっただけだったが、142番地の前の人だかりを見て、思わず車のスピードを緩めた。
「すごい人だかりだな……」フロントガラス越しにカフェを見つめながら、俺は独りごちた。大きな窓から、エプロン姿の沙良が自信に満ちた、見たこともないような笑顔で忙しく立ち働いているのが見える。
あれが本当に、俺の知っている沙良なのか? かつてキッチンで、俺の好みを慎重に尋ねながら夕食を準備していた、あの女が?
「あいつ……本当に、やり遂げたんだな」。俺の声には、驚きと戸惑いが混じっていた。
助手席の亜紗の表情が、みるみるうちに険しくなっていく。彼女は店内の沙良の一挙手一投足を見つめ、その手は固く握りしめられていた。
「余計なこと考えないでよ、拓海」。亜紗の声はナイフのように鋭かった。「彼女が選んだ道でしょ。私たちは私たちの未来に集中しなきゃ」
だが、俺の頭には次々と思い出が蘇ってきた。初めて俺に誕生日ケーキを焼いてくれた時の沙良の恥ずかしそうな笑顔、真夜を身ごもっていた時のあの穏やかな輝き、そして……結婚した当初に語っていた、小さなベーカリーを開きたいという彼女の夢。
「いや、ただ……俺が彼女を過小評価していたのかもしれないと思ってな――」心の中の複雑な感情を口にしようとした。
「運転して、拓海」。亜紗が俺の言葉をぴしゃりと遮った。「さっさと行って」
俺は彼女を一瞥し、再びカフェに視線を戻した。店内は満員で、誰もが満足そうな顔をしている。それなのに俺は、こうして車の中から、まるで部外者のように元妻の新しい人生を覗き見ている。
いつから俺は、部外者になってしまったんだろう。







