第117章

中村奈々は小さく首を横に振った。その瞳は潤み、目尻が赤く染まっている。

「……ううん、大丈夫」

仔猫の鳴き声のような、か細く震える声。黒田謙志は胸の奥をくすぐられるような愛おしさを感じ、親指で彼女の目角に浮かんだ涙を優しく拭い取った。

「いい子だ、怖くない……」

低く、しわがれたその声は、抗いがたい色気と魔力を帯びていた。

中村奈々の心臓は早鐘を打ち、激しく高鳴り続ける。黒田謙志という男は、彼女にとって逃れられない運命だ。彼に迫られれば、抵抗する術など何ひとつ持っていなかった。

彼女はきつく瞼を閉じ、蝶の羽のように長い睫毛を小刻みに震わせる。

黒田謙志は喉の渇きを覚え、口づけを...

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