第88章

高橋文也が中村奈々を部屋へと連れ込んでいく。その光景を、黒田謙志はただ黙って見送ることしかできなかった。この後、何が起こるかなど容易に想像がついた。

だが、手出しはできない。森田美波のあの深淵のような瞳が、じっと彼を監視していたからだ。

かつて中村奈々を陥れるためなら、自らの体に薬物を打つことさえ厭わなかった女だ。

これ以上、中村奈々への未練や関心を少しでも見せれば、森田美波の狂気はさらに加速するだろう。

「謙志、あなたの好物のベロン牡蠣よ」

森田美波は微笑みを浮かべながら黒田謙志の目の前に皿を置くと、箸を手渡した。その笑顔は、どこまでも淑やかで愛らしい。

黒田謙志は箸を取り、上...

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