第2章
目を閉じると、地下鉄の轟音が次第に遠のいていく……記憶の波が、すべてを変えてしまったあの夜へと私を引き戻していく。
八年前、午後十一時。黒崎邸は静寂に包まれていた。
私は寝室に忍び込み、背後でドアに鍵をかけた。心臓が早鐘を打っていた――興奮と、それから恐怖とで。今夜、悠真は出張から帰ってきたばかり。でも、書斎で仕事をしているのはわかっていた。
今夜は、私の十八歳の誕生日。
今夜、私は彼にこの想いを告げるのだ。
クローゼットの一番奥まで歩き、コンサバティブなドレスの山のかげを手探りする。指先がシルクの生地に触れたとき、私は緊張気味に微笑んだ。
あの、深紅のドレス。
露出が多いわけじゃない。でも、いつもより身体の線が出るデザインで――私の曲線を、強調してくれる。着替えながら、身体が震えた。鏡の前でくるりと回ってみる。
そこに映った少女は、綺麗で、艶っぽくて、もうあの無邪気な子供ではなかった。
「十八歳よ、由香里」私は鏡の中の自分に囁いた。「あなたならできる」
ナイトスタンドにこっそり隠しておいた赤ワインを取り出す。勇気を出すために、ワインセラーから盗んできたものだ。
数口飲むと、頬が火照り始め、勇気がゆっくりと内側から湧き上がってきた。その勢いに乗って、私は立ち上がり、書斎へと向かった。
書斎のドアはわずかに開いていて、中から書類をめくる音が聞こえてくる。
私は深呼吸をして、そっとドアを押し開けた。
「悠真?」
彼が顔を上げた。その銀灰色の瞳は、ランプの光の下でひときわ深く見える。私を見ると、彼の表情に驚きが浮かんだ。
「由香里? どうしたんだ、こんな遅くに。もう寝ないと」
「今日、私の誕生日なの」私は彼の方へ歩み寄る。ワインのせいで、声がわずかに震えた。「十八歳の、誕生日」
彼は手の中の書類を置き、私を見つめた。「誕生日おめでとう、可愛い子。明日、何か……」
「ううん」私は彼の言葉を遮り、デスクのそばまで歩いた。「今、お祝いしてほしい」
悠真の視線が私に注がれる――深紅のドレス、上気した頬、そして、今まで見たことのない光を宿した私の瞳に。
「由香里、酒を飲んだのか?」
「少しだけ」私は微笑んで、彼ににじり寄った。「十八歳になった私に、お祝いの言葉をちょうだい」
「部屋に戻って休んだ方がいい……」
「いや」私は不意に彼のデスクの端に腰掛けた。スカートがわずかにずり上がる。「悠真、私、綺麗?」
彼の呼吸が、明らかに止まった。「由香里……」
「答えて」私は首を傾けて彼を見つめる。かつてないほど大胆な光を瞳に宿して。「私はまだ、あなたに守られるだけの、小さな女の子ですか?」
「お前はいつだって、俺の小さな女の子だ」彼の声は強張っていた。
「ほんと?」私はデスクから滑り降り、彼の正面に立った。「でも、もし私が、もう小さな女の子でいたくないって言ったら?」
アルコールが、私を特別に勇敢にさせていた。私は手を伸ばし、そっと彼の頬に触れた。
「由香里、やめろ……」彼は私の手を掴んだが、振り払いはしなかった。
「どうして?」私は爪先立ちになり、彼の耳元で囁いた。「ずっと待ってた……あなたが私を、ただ守るべき子供としてじゃなく、一人の女性として見てくれるのを……」
「何を言っているのか、わかっていないんだろう」
「わかってる」私は少し身を引いて、彼の目をまっすぐに見つめた。「わかってるわ。私があなたを愛してるってこと。ずっと、ずっと前から、愛してた」
その言葉は、部屋の中で爆弾のように炸裂した。
悠真の瞳に、複雑な感情が閃く――驚き、葛藤、そして……私には理解できない、某种かの痛み。
「違う、由香里。それは恋じゃない、ただの感謝の気持ちだ」
「どうしてあなたにわかるの?」突然、目に涙が溢れた。「私の心の中のことが、どうしてあなたにわかるの? 何年も、ずっとあなたを見て、あなたのことを考えて、あなたの夢を見て……それは感謝なんかじゃない――愛よ!」
「俺はお前の保護者だ……」
「私は十八歳よ!」私はほとんど叫んでいた。「法律上だって、もう大人なの! 自分の気持ちに、自分で責任が持てる!」
悠真は黙って私を見ていた。その瞳の中の葛藤が、ますます色濃くなっていく。
私はさらに一歩近づき、彼の胸にほとんど触れんばかりに迫った。「何も感じないって言って。この何年間、私があなたの視線の意味を、全部勘違いしてたんだって、そう言ってよ」
「由香里……」彼の声は掠れていた。
「本当に何も感じないなら、私を突き放して」私は彼を見上げた。「今すぐ突き放してくれたら、私は部屋に戻って、何もなかったことにするから」
時が止まったかのようだった。
やがて、彼の手が震えながら私の頬を撫でた。
「……くそっ」低く悪態をつくと、彼は突然、私の唇を塞いだ。
それは絶望的なキスだった。長年の抑圧と、崩れ落ちた理性を孕んでいた。私は目を閉じ、夢にまで見たキスを味わった。
「愛してる」唇を重ねたまま、私は囁いた。「本当に、愛してる」
彼は答えず、たださらに情熱的に私を求めた。震える手が私の頬を撫で、腰へと滑り落ちていく。
「由香里……本気か?」彼の声は掠れ、額が私の額に押し当てられた。「一度始めたら、もう後戻りはできない」
「本気よ」私は彼の首に腕を回し、その身体から発せられる熱を感じた。「この瞬間を、ずっと待っていたんだから」
彼は私を腕に抱き上げると、書斎のソファへと歩み寄った。ブラインドの隙間から差し込む月光が、私たちの身体にまだらな影を落とす。
彼のキスはさらに熱を帯び、唇から首筋へ、鎖骨へ、そしてさらに下へと……その一つ一つがまるで炎のように、私が今まで経験したことのない感覚に火をつけた。
「痛いぞ」彼は顔を上げ、私を見つめた。その瞳には、欲望と理性が絡み合っていた。「もし怖いなら、まだ間に合う……」
「怖くない」声は震えていたけれど、私の視線は揺るぎなかった。「あなたが欲しい」
ドレスが彼の手によってゆっくりと脱がされていく。ひやりとした空気に、私は思わず身を縮こまらせた。それに気づいた彼は、自分のシャツを脱いで私にかけると、私の肌の隅々までキスを続けた。
「リラックスして、お嬢ちゃん」彼の指が優しく私を愛撫し、この慣れない感触に少しずつ身体を慣らさせていく。「どう感じるか、教えて」
私にできるのは、震えることで応えることだけ。緊張と期待で身体が熱くなっていく。彼の指がもっと深くを探り始めたとき、私は思わず小さく喘いだ。
「痛いか?」
「そ、そんなに……」私は唇を噛んだ。頬が燃えるように熱い。
彼はさらに優しく前戯を続け、私の身体が次第に弛緩し、潤んでいくのを待った。そして、最後の障壁を取り除くと、私の身体の上に跨った。
「俺を見て、由香里」彼は私の顔を両手で包み込んだ。「お前の顔が見たい」
私は目を開け、彼の銀灰色の瞳と視線を合わせた。そして、月光が見守る中、彼はゆっくりと私の中へと入ってきた。
引き裂かれるような痛みに、私は思わず唇を噛みしめ、涙が瞬時に溢れ出した。彼の額が私の額に押し付けられ、汗が私の顔に滴り落ちる。
「痛いか? やめるか?」彼の声は、抑制のために震えていた。
「やめないで……」私は彼の首を強く抱きしめ、声を詰まらせた。「あなたを、完全に私のものにしたい」
彼は私の涙をキスで拭い、極めて優しく、ゆっくりとした動きを続けた。痛みは次第に満たされる感覚へと変わり、私たちの身体は完全に一つになった。
「愛してる、悠真」彼の律動を体内で感じながら、私は耳元で囁いた。「一生、愛してる」
彼の動きが一瞬止まり、そして、私をさらに強く抱きしめ、より深く動き始めた。けれど、彼は決して「俺も愛してる」とは言わなかった。
痛みと快感が入り混じる中、私は彼の肩を強く掴み、彼の荒くなっていく呼吸と速まるペースを感じていた。やがて彼は低く呻き、私をきつく抱きしめたまま全身を震わせ、頂点に達した。
温かい液体が私の中に流れ込み、その瞬間、私たちは本当に互いの一部になったような気がした。
事が終わった後、私は彼の腕の中で丸くなっていた。身体は怠く、疲れ切っていた。彼の腕が私を包み込み、これまでにない安心感を与えてくれた。
「おやすみ、お嬢ちゃん」彼は私の額に優しくキスを落とした。
私は彼の腕の中で深い眠りに落ちた。夢は甘い幻想で満ちていた――明日の朝の優しい会話、彼が私にくれるであろう甘い言葉、二人の関係を公にする場面……。
