第3章
森本翔の怒鳴り声と安部莉緒の嘘泣きが空気を汚さなくなって、ようやく私は息ができた。
今の私は、三浦梨沙だ。
使い古したダッフルバッグを引きずり、マホガニーの階段を光くんの寝室へと上っていく。
主寝室のドアが、きしりと音を立てて開いた。消毒液と、見捨てられた場所特有の匂いがする。希望を諦めた病室のような空気だ。
その中心で、光くんは身じろぎもせず横たわっていた。胸だけが機械的な正確さで上下している。私はバッグを床に置き、ベッドに近づいて、彼のナイトスタンドに置かれた写真に目をやった。
黒い髪、シャープな顎のライン、そしてかつては知性で輝いていたであろう瞳。今、私の隣で呼吸している空っぽの抜け殻とは似ても似つかない。
「さて、と……旦那さん」私はその言葉を試すように囁いた。舌の上で異物のように感じる。「三浦家の財産も、あなたに大した愛情は買ってくれなかったみたいね?」
ウォークインクローゼットを開けて、思わず吐きそうになった。ブランドもののスーツがカビ臭く、ぐったりと吊り下がっている。何十万もする生地が、放置されたせいで腐りかけていた。
ベッドのシーツは経年で黄ばみ、四柱式ベッドの下では埃の塊が小さな灰色の王国のように陣取っている。
私は奥歯を食いしばり、暴力的なまでの手際の良さでベッドのシーツを剥ぎ取った。誰かが光くんの「世話」をするという名目で給料を受け取りながら、彼をゴミのように扱っていたのだ。
私の怒りを遮るように、ドアがノックされた。揃いの黒い制服を着た五人の女たちが、まるでハゲタカのように入ってくる。その表情は、訝しげなものから、あからさまな敵意を向けたものまで様々だ。リーダー格らしい、顔の鋭い女が前に進み出た。
「三浦……奥様」彼女は私の新しい名前を、吐き捨てるように言った。「今後の家事の段取りについてご相談に参りました」
彼女たちが身を寄せ合い、私に聞こえるくらいの声で囁き合っているのを聞き逃しはしなかった。
「信じられる? お金のために植物状態の男と結婚するなんて」
「刑務所から出たてで、もう次のたくらみよ」
「あのお方がお気の毒だわ」
私は彼女たちの寸劇が終わるのを待ってから、一歩一歩、ゆっくりと歩み寄った。川崎県での八年間で学んだ。敬意は優しさではなく、力で勝ち取るものだと。
「皆さん」私は言った。「今日から、ここが私の家です。光くんは私の夫です。そしてこの瞬間から、誰一人として――いいこと、誰一人として――私の許可なくこの寝室に入ることは許しません」
白髪の女が笑った。「三浦奥さん、あの老人を騙してままごと遊びに興じるのは結構ですが、我々はあなたの正体を知っていますよ。植物状態の男と結婚すれば世間が忘れてくれるとでも思った殺人犯だということをね」
私は微笑んだ。かつてのような、人に好かれるための温かい笑顔ではない。鉄格子の向こうで、私を生き延びさせてくれた冷たい表情だ。
「あなたの名前は?」と私は尋ねた。
女は答えた。「山田恵子です。ここで長年――」
「山田さん」私は遮った。「あなたはクビよ。荷物をまとめて、私の家から出て行って」
彼女の顔から血の気が引いた。「そんなこと――」
「そんなことを今したわ。家中の防犯カメラが盗難の有無を確認するから、自分のものだけを持っていくことをお勧めする」私は他の女たちに向き直った。「他に、私の結婚や人格についてご意見のある方は?」
沈黙。
私は続けた。「結構。では、出て行って。私には世話をすべき夫がいるので」
彼女たちは叱られた子供のようにもぞもぞと部屋を出て行ったが、振り向きざまに投げつけられた毒のある視線には気づいていた。どうでもいい。あんな連中よりひどい相手は、いくらでも見てきた。
夕暮れが訪れる頃、私は新しい日課となるであろうことを始めた。刑務所の医務室で基本的な医療ケアは学んだし、光くんの状態は複雑なものではない――ただ、放置されていただけだ。まずは全身のチェックから始めた。筋緊張、血行、そして皮膚の状態。
その時、それを見つけた。
黒紫色の痣が、くっきりとした指の形で彼自身の腕に点々とついていた。
「なんてこと、光くん」私は息をのんだ。「あいつら、あなたに何を……?」
怒りが野火のように体中を駆け巡った。彼は、人の命を救おうとしたというのに。これがその報酬だというのか?
その夜遅く、私は光くんの私的な書斎の前に立っていた。ドアに鍵はかかっていなかった――植物状態の人間に守るべき秘密などないと、誰もが思っていたらしい。私は中に滑り込み、デスクランプのスイッチを入れた。
マホガニーの机の上は、ショッピングセンター火災に関する新聞の切り抜きで覆い尽くされていた。あの火事。どの見出しも、同じような物語を違う言葉で叫んでいた。『地元女性、殺人放火で有罪判決』。だが、誰かがもっと深く掘り下げていた。
公式の消防署の報告書、保険関連の書類、そして証人の証言が見つかった。光くんは事故に遭う前、この事件を調査していたのだ――そして、矛盾点を見つけ出していた。
安部莉緒はあの日、ショッピングセンターにはいなかったと主張したが、三人の目撃者が彼女がそこにいたと証言している。
火元は従業員しか入れない倉庫だったのに、なぜか容疑者は私一人だった。保険金は記録的な速さで支払われていた。
そして、私はそれを見つけた。一番下の引き出しの奥にしまい込まれた、光くんの筆跡で「真実」とラベルが貼られたUSBメモリ。
心臓が激しく鼓動するのを感じながら、それを彼のコンピューターに差し込んだ。もちろん、パスワードで保護されている。彼の誕生日、母親の旧姓、火事の日付――思いつく限りのものを試したが、どれもダメだった。
そして、衝動的に、私は自分の誕生日をタイプした。
堰を切ったように、ファイルが開かれた。
銀行の送金記録。保険書類。音声記録。そしてその全ての中心に――安部莉緒の本当の計画があった。
録音の日付は火事の三ヶ月前。安部莉緒の声が、明瞭に響く。「あの田舎町の世間知らずな子は完璧よ。誰もが彼女をちょっと頭の足りない子だと思ってるし、彼氏は消防士。彼の証言を誰が疑うっていうの?」
森本翔ではない、男の声が応じた。「で、彼女がその晩、確実にそこにいると?」
「ええ、もちろん。私がそう仕向けるもの。可哀想な梨沙ちゃん。私が保険金を受け取って姿を消す間、また遅くまで働かされるなんてね。簡単すぎて笑えるわ」
私は革張りの椅子に深く座り直し、今聞いたことを整理しようとした。光くんは知っていたのだ。事故に遭う前から、彼はこの陰謀の全てを暴いていた。
つまり、町中の誰もが私に背を向け、私自身の恋人が証言台で私を裏切ったあの時も、光くんは私が無実だと知っていたのだ。私たちはただの結婚契約で結ばれた他人同士ではなかった。
私が刑務所で腐り、世界に見捨てられたと信じ込んでいた間も、彼は私を守ろうとしてくれていた。
「光くん、全部証拠を集めてくれてたのね。私を守ってくれてたんだ……」私は呟いた。「待ってて。私が、私たちの仇を討ってあげるから」







