第3章

彼女は篠宮湊のそばに立ち、優しく言った。

「湊、会社に行って仕事を片付けて。ここは私が見守っているから」

「安心して。夢ちゃんと一緒にここで大人しく待ってるわ。エーマ先生が出てきたら、すぐに診てもらうように頼むから」

仕事のことが気になって仕方ない篠宮湊は、悩みぬいた末、皐月秋雨の提案を受け入れた。夢を皐月秋雨に託すと、秘書の霧島真らを連れて病院を後にした。

こうして皐月秋雨は、夢を連れて手術室の外で待機することになった。

一方、手術室内では緊張感に包まれた手術が続いていた。皐月夏帆と暁月海斗は、全神経を集中させて執刀にあたっている。

外の休憩室では、小さな明がノートパソコンを抱え、キーボードを叩きながら、スマホゲームに夢中な夜に話しかけていた。

明が言った。

「妹よ、ママが言ってたけど、僕たちのお姉ちゃんはこのL市にいるらしいんだ。どうやって探せばいいと思う?」

スマホゲームに熱中していた夜は、ちらりと明を見た。

「お兄ちゃん、世界最年少ハッカーを自称してるんでしょ? 人探しなんて朝飯前じゃないの?」

「三つ子なんだから、きっと顔はそっくりなはずよ。ビッグデータで照合すれば、すぐに見つかるんじゃない?」

夜のアイデアに、明はやる気を出した。

彼は夜を褒め称えた。

「妹よ、さすがだね!」

夜はバツが悪そうに笑い、再びスマホの激戦に没頭した。

ゲーム内で、彼女はプレイヤーに指示を飛ばす。

「ヘタレ君、早く走りなさいよ! 姉御(アネゴ)の後についてきな! あたしが守ってあげるから……」

そう、夜のゲーム内でのハンドルネームは「姉御」。パソコンを抱えた明は、わずか五歳の妹がなぜ「姉御」などと名乗るのか理解に苦しんだ。

ゲームが上手いからといって、それはちょっと……。

黒川社長の父の手術は大掛かりで、長時間に及んだ。

明と夜はずっと手術室の外にある休憩室で、それぞれの時間を過ごしていた。幼い彼らは、皐月夏帆の多忙さには慣れっこだった。

同じ頃、手術室の外で待つ夢は、怯えた瞳で隣に立つ皐月秋雨を見上げていた。

皐月秋雨はスマホをいじり回し、誰かとチャットをしているようだ。

夢は邪魔をするのが怖かったが、小さな声で呼んだ。

「ママ……」

一度目は反応がない。

夢は少し声を大きくした。

「ママ……」

夢の声に気づいた皐月秋雨は、不耐煩に怒鳴りつけた。

「何よ? 幽霊でも呼ぶみたいにボソボソと。用があるならはっきり言いなさいよ。イライラする」

怒鳴られた夢はさらに縮こまり、お腹を押さえながらおずおずと皐月秋雨に言った。

「ママ、お腹痛い……トイレ行きたい。一緒に行ってくれない?」

トイレに付き添ってほしいと言われた瞬間、皐月秋雨の顔色が曇った。この小娘、何様のつもり? 私に尻でも拭けって言うの?

皐月秋雨の眉間に深い皺が刻まれた。

彼女は夢を罵った。

「夢、あんたもう五歳でしょ? トイレくらい一人で行けないの?」

「私に付き添えって? 頭どうかしちゃった? 幼稚園の先生に尻の拭き方も教わってないわけ?」

「本当にあんたには借りがあるわね。あんたの母親になったのが運の尽きだわ」

夢は元々臆病な上に、皐月秋雨を恐れていた。罵声を浴びせられ、悔しさと悲しさで涙がこぼれ落ちた。

「う……うぅ……」

言葉にならず、ただ嗚咽が漏れる。

その様子を見て、皐月秋雨はさらに不機嫌になった。

「泣く泣く泣く! 一日中泣いてばかり。私が何かしたみたいじゃない」

「ほら、さっさと一人で行きなさい。もし涙を一滴でも見せたら、往復ビンタをお見舞いするわよ。泣き止みなさい!」

皐月秋雨はそう言い放つと、夢の腕を掴み、半ば引きずるようにトイレの方へ引っ張った。力を込めて掴んだため、夢の小さな腕には青あざが浮かび上がった。

腕は痛かったが、パパがいない今、夢は何も言えなかった。

歯を食いしばり、皐月秋雨についていく。

トイレの入り口に着くと、皐月秋雨は夢を中へ突き飛ばした。そして自分は再びスマホを取り出し、遊び始めた。

「早くしなさいよ……あんまり待たせないで。人攫いに連れて行かれても知らないからね」

皐月秋雨の態度に、夢はそれ以上何も言えず、重い足取りで女子トイレへと入っていった。

彼女は幼い頃から虚弱で、一歳にも満たない頃に重い心臓病が見つかった。そのため、篠宮家の人間は誰もが夢を慎重に扱ってきた。

トイレに行く時でさえ、誰かが付き添ってズボンの上げ下ろしを手伝い、前屈みの姿勢が心臓に負担をかけないよう細心の注意を払っていたのだ。

そんな過保護な環境のせいで、夢の自立能力は低かった。もちろん、身長も同年代の子供より少し低い。

夢はよろよろと個室へ向かい、重いドアを押し開けた……。

その時、さっきまでゲームをしていた夜も、水を飲みすぎてトイレに行きたくなっていた。

都合の良いことに、彼女たちがいる休憩室は、トイレのもう一つの出入り口に通じていた。

スマホを置いた夜は、明に声をかけてからトイレへ直行した。

中に入ると、自分より少し背の低い女の子が、涙目でズボンを上げようと格闘しているのが見えた。

その顔を見ると……自分に少し似ている。

いや、少しどころではない。瓜二つだ。

夜は鏡の中の自分を見ているような錯覚に陥った。夢もまた、夜を見て混乱していた。

二人は呆然と立ち尽くし、互いの顔を見つめ合った。

さらに偶然なことに、今日の二人は同じ白いシャツに長ズボン、お団子ヘアというスタイルで、肌の色までそっくりだった。

夜の頭脳が急速に回転し始めた。まさか、目の前のこの子が、行方不明のお姉ちゃんなの?

でも、私より背が低いし小さく見えるけど?

だめだ、どういうことか聞いてみなきゃ。

夜は手を伸ばし、夢を引っ張って鏡の前に立たせた。鏡に映る瓜二つの顔を指差して言った。

「私たち、そっくりだと思わない?」

夢は頷いた。

「うん」

「ってことは、私たち、本当の姉妹かもしれないわね?」

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