第2章
ひどい化粧のまま、私は神社へとよろめくように向かった。重厚な拝殿の扉を押し開ける。全ての視線が、一斉に私へと注がれた。百人を超えるであろう結婚式の参列者たちが厳かに座り、その表情は静謐さから驚きへと変わっていく。
ひそひそ話があちこちから聞こえてくる。
「あの子、どうしたの?」
「あの顔を見て……」
「気分でも悪いのかしら?」
そのような些事はどうでもよかった。私はただ、厳かに祭壇へと歩み続けた。圭吾が神官の隣に、黒紋付袴姿で凛と立っている。いつも通り端正な佇まいだ。だが、彼が私を認めた瞬間――その表情は一変した。
私が期待していた心配の色ではなかった。まったく別の何か――苦痛、あるいは罪悪感。そして、そう、間違いなく恐怖の色だった。
「圭吾!」私はまだ息を切らしていた。「私の家が火事なの! あなたはすでに消防隊を率いて現場へ向かったと聞いたけど?」
彼はすぐには答えなかった。代わりに、まるでパズルを解こうとするかのように私の顔を吟味している。やがて彼の瞳の奥で何かが閃いた。
「その化粧……」彼は声を潜めた。「いったい、どうしたんだ?」
「誰かに嵌められたの!」私は彼に腕に掴みかかった。「あのメイク師は桜さんじゃなかった。わざとこんなことを。それに今度は家が燃えてるなんて……偶然のはずがないわ」
拝殿内に静かな動揺が広がる。神官が咳払いをした。
「少し、席を外された方が――」神官が口を開きかけた。
「いいえ!」私は振り返り、参列者全員に向き直った。「何かが本当におかしいんです。誰かに狙われています。理由も分からないまま」
「由実」圭吾の声には刃のような鋭さがあった。「まずは火事の対処が先だ」
「その通りよ!」私は激しく頷いた。「今すぐ現場に行かないと。あそこには父さんのものが全部あるの。写真も、手紙も、何もかも」
圭吾の顔がまた奇妙に歪んだ。まるで彼自身の中で葛藤しているかのように。
「待って」何かが腑に落ちない。「もう消防隊を率いて現場へ向かったのなら、どうしてまだここにいるの?」
沈黙。全員が固唾を飲んで私たちを見つめている。
「圭吾?」私の声がひび割れた。「どうして?」
彼は口を開き、そして閉じた。かぶりを振る。「君には分からないことがあるんだ」
その時だった。再び扉が開いたのは。
優雅な女性が一人、入ってきた。メイク師の服は脱ぎ捨て、紺色の着物をまとっている。髪は完璧に整えられ、手には何かのファイルのようなものを抱えていた。
偽物のメイク師。
「あなた!」私は彼女をまっすぐ指さした。「私の化粧をめちゃくちゃにしたのはあなたね!」
皆の視線が彼女に集まるが、彼女は私を完全に無視した。まっすぐに圭吾だけを見据えている。
「いつまで彼女に嘘をつき続けるつもり、圭吾?」
囁き声がさらに増す。圭吾の顔が青ざめた。
「彩、やめろ――」
「彩?」その名前に、私ははっとした。「あなたが、小栗彩?」
圭吾の義理の妹。古い写真で見たことはあったが、会ったことはなかった。遠くに住んでいると、彼はいつも言っていた。
「その通り。小栗祐輔と小栗千代の養女よ」彼女は一歩一歩近づいてくる。その声は神殿中に響き渡った。「あんたの父親が殺した、その小栗祐輔と小栗千代のね」
私の頭は……真っ白になった。
「何……? そんなの、馬鹿げてる。父は事故で死んだのよ。工事現場からの転落事故で」
「事故?」小栗彩は、鼻で笑った。「その後、自殺したのよ。自分の犯した罪に耐えられなくなってね」
彼女はファイルから書類を引き抜いた。「警察の報告書よ。新井理には多額のギャンブルの借金があった。債権者は彼に選択を迫った――借金を返すか、保険金詐欺のために小栗家を焼き払うか」
私の脚が震え出す。「そんなはずない。父さんがそんなこと――」
「私の両親は、ベッドの中で生きたまま焼かれたのよ!」小栗彩の声が、壁に反響した。
人々が息をのむ。会話の断片が耳に入ってくる。
「なんてことだ、本当なのか?」
「小栗家って、そんな亡くなり方を……?」
「じゃあ彼女は、殺人犯の娘……?」
「やめて!」私は叫んだ。「嘘よ! 父さんは人殺しなんかじゃない!」
小栗彩は続けた。「その後、彼はビルから飛び降りた。罪悪感に生きたまま食い尽くされたのよ。あんたを一人残してね」彼女の声は震えていた。「そして私は、家族を失った」
私は必死に圭吾に振り向いた。「彼女がでたらめを言ってるって、言ってよ」
彼はうなだれた。その単純な仕草が、私の中の何かを粉々に打ち砕いた。
「知ってたのね」かろうじて言葉を絞り出す。「ずっと、知ってたんだ」
「全部話しなさいよ、圭吾」小栗彩が言った。「三年前、彼女の家の近くに家を見つけたことについて。まったくの偶然だった、ってわけ?」
拝殿中が息をのんで待っていた。心臓が爆発しそうなほど激しく鼓動している。
「圭吾?」私は囁いた。「本当なの?」
彼はようやく顔を上げた。その瞳には、純粋な苦悩が浮かんでいた。「説明させてくれ――」
「いつから私が誰か知ってたの?」
長い沈黙。そして彼は、私の世界を破壊した。「三年前だ」
全ての景色がぐにゃりと歪んだ。三年前。私たちが付き合い始めた、まさにその時。
「じゃあ私たちは……一度も」私の声はどんどん小さくなる。「全部、嘘だったの?」
「全部じゃない! 最初は、そうだったかもしれない。でも、それから――」
「最初?」一言一言が、刃のように突き刺さる。「最初は、何? 復讐?」
小栗彩が冷ややかに微笑んだ。「どうしてこの通りに引っ越してきたのか、本当の理由を話しなさいよ、圭吾」
彼はきつく目を閉じた。「私は……君に、君の父親がしたことの償いをさせたかったんだ」
ゲームオーバー。
三年間重ねたキス。三年間交わした「愛してる」。三年間、二人で計画した未来。すべてが嘘だった。すべてが、病的な復讐劇の一部だった。
私は婚約指輪を引き抜いた。ダイヤモンドがステンドグラスの色鮮やかな光を受けてきらめく――ずっと彼の瞳の中にあると信じていた、あの光と同じ。
「由実、待ってくれ――」圭吾が私に手を伸ばす。
私は指輪を彼の胸に投げつけた。指輪は跳ね返り、小さく、決定的な音を立てて床に落ちた。
「あなたが愛してるって言うたびに……」私の声は、自分の耳にさえ死んだように響いた。「本当は何を考えていたの? 死んだ両親のこと? 私が知りもしなかったことで、私を苦しめること?」
「頼む、ただ私に――」
「何をさせるって言うの?」私は一歩後ずさった。「敵との三年間のおままごとを説明する? どこかの女を、彼女自身の個人的な悪夢に恋させる方法を説明する?」
私は参列者たちに向き直った。今や彼らの私を見る目は違っていた。花嫁としてではなく、監視すべき危険な何かを見るように。
「皆さん」私は声を張り上げた。「結婚式は中止です。永久に」
私は白無垢の裾をつかみ、扉へと向かった。
「由実!」圭吾が叫んだ。「勝手に行くな! 五分だけ時間をくれ!」
私は振り返らずに立ち止まった。
「五分?」私の乾いた笑い声が神殿に響き渡った。「圭吾、あなたには三年間あったじゃない。説明は、もう十分よ」
扉を押し開ける。太陽の光が、平手打ちのように私の顔を打った。
「新井由実!」今度は小栗彩の声だった。
私は、私の人生のすべてを焼き尽くしたばかりの女を振り返った。
「望み通りのものが手に入るといいわね」私の声は平坦だった。「楽しんで」
私は外へ出た。人生で最高の日になるはずだった場所を後にした。向かう先は……地獄か、それともどこか、見当もつかなかった。
背後で、小栗圭吾と小栗彩が口論を始めた。参列者たちが衝撃にざわめいている。もはや、どれも重要ではなかった。
私は新井理の娘。放火犯の子供。そして、本物だと思っていたすべてを、たった今失った。
車に向かって歩いていると、遠くに煙が立ち上っているのが見えた。私の家が燃えている。父が遺したすべてが、灰に変わっていく。







