第9章

小栗家の墓石は、黒御影石で作られた、シンプルながらも品格のある和型の墓石だった。正面には「小栗家之墓」と刻まれいた。 墓誌には「消防署長として多くの命を救った夫、小学校教諭として子どもたちを導いた妻、二人は最期まで他者のために生きた」と記されていた。

その墓誌が、腹を殴られたような衝撃となって私を襲った。彼らはもはや単なる「犠牲者」ではなかった――誕生日があり、好きな食べ物があり、息子との間だけの冗談がある、実在の人間だったのだ。

私はひざまずき、墓石に花を供えた。

「祐輔さん、千代さん」私の声は震えていた。「新井理の娘、新井由実です」

風が木々を揺らす音がした。

「父のこ...

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