第1章
あの日の午後を、私は決して忘れないだろう。カーテンの隙間から差し込む陽光が、黒木亮介の家の屋敷にあるオーク材の床を照らし、すべてが静かで、穏やかだった。もしこの後に何が起こるか知っていたなら、あれほど熱心に、あの忌々しい建築設計図の整理を手伝おうとは思わなかったかもしれない。
「気をつけて、世良」朝出かける前に私の額にキスをした亮介が言った。「かなり古い書類だから、傷つけないように」
私は頷き、彼の高い背中が戸口の向こうに消えていくのを見送った。三年間――私たちはいつもこうだった。親密ではあるけれど、何の約束もない。優しいけれど、決してはっきりとはしない関係。
これで十分なのだと、自分に言い聞かせた。少なくとも、母が耐えてきたものよりはマシだと。
書斎は様々な設計図や建築資料で埋め尽くされていた。私は年ごとにそれらを慎重に仕分けていく。その単純作業は私の神経を落ち着かせてくれた。あのアンティークな木箱にぶつかるまでは。
それは重く、複雑な模様が彫られており、明らかに高価なものだった。書類を置くスペースを作るために脇に寄せようとしただけだったが、手が滑り、箱は机の角にぶつかってしまった。
「しまった!」
箱は床に落ち、蓋が勢いよく開いた。中身がそこら中に散らばる――古い写真が数枚、手紙が数通、そして……。
私の心臓はほとんど止まりかけた。
陽光を浴びて、六カラットのダイヤモンドリングがきらめいていた。指輪の内側には「R & S」と刻印されている。その隣には便箋が数枚あり、一枚目の書き出しは、私の血の気を引かせる言葉だった。
「愛する静香へ……」
震える手で、その手紙を拾い上げた。亮介の筆跡だ。間違いない――紛れもなく彼が書いたものだ。日付は二年前を示していた。
「君が家の義務を果たさなければならないのは分かっている。でも、俺は君を待っている。どれだけ時間がかかっても、君が戻ってくるのを待っている。俺の人生で大切な女性は君だけだ……」
二年前? あの頃の私は、私たちの関係は確かなものになったのだと思っていた。私たちの未来について空想し始めてさえいたのに。だがどうやら、私はただの身代わり、暇つぶしの玩具に過ぎなかったようだ。
かつて母が待ち続けた、あの男と同じように。
母の言葉が脳裏に蘇る――死の床で私の手を握りながら遺した、最後の言葉が。
「世良、私たちみたいな人間は、あの人たちを愛するなんて夢を見ちゃいけない。あの人たちの心には、釣り合う身分の人間しか入る隙間はないの。血筋がすべてなのよ、いつだって」
私は指輪を握りしめたまま、床に座り込み、呆然としていた。感じたのは、ただ胸を刺すような痛みだけ。この人こそが亮介が待ち続けていた人で、彼が本当に結婚したかった女性なのだ。そして私は、彼が待つ間の、ただの慰み者だった。
階下から電話の呼び出し音が聞こえ、続いて帰ってきた亮介の弾んだ声がした。私は電気が走ったかのように立ち上がり、階段へと忍び寄った。
「静香? まさか、本当に帰ってくるのか?」
「見合いが破談に? そうか……いや、いや、それを喜んでるわけじゃない。ただ……ずっと待っていたから……」
彼の声には、今まで聞いたことのないような優しさと興奮が滲んでいた。三年間、彼は一度もあんな声色で私に話しかけたことはなかった。
「もちろん、迎えに行くよ! 桜霞市には他に誰もいないだろう……え? 世良?」
彼が言葉を止めるのが聞こえた。
「彼女なら分かってくれるさ。いつだって物分かりのいい子だから」
物分かりがいい? 彼の心の中で、私はそんなふうに――「物分かりのいい」存在として認識されていたのか?
「今すぐ空港に向かう。静香、おかえり」
電話を切った後、彼が慌ただしく身支度をする音がし、やがて車のエンジンがかかる轟音が響いた。彼はそうして、私に別れの挨拶もせずに去ってしまった。
外が完全に静まり返るまで、私は長い間階段に立ち尽くしていた。それから書斎に戻り、床に散らばった写真と手紙に目をやった。
写真に写る新井静香は、天使のように美しかった――金色の髪、完璧な顔立ち、そして何よりも、本物の貴族だけが持つ気品を漂わせていた。
私は冷静に指輪を箱に戻し、散らばった手紙をまとめ、箱を元の場所へ置いた。すべての設計図を片付け、まるで私が何も触れていないかのように、すべてがきちんと整頓されていることを確認した。
最後に、窓際に立ち、外の葡萄畑を眺めた。沈みゆく夕陽が、なだらかな丘陵地帯を黄金色に染め上げており、絵画のように美しい。だが、この美しさは私のものじゃない――最初から、一度だって。
私は携帯電話を取り出し、亮介にテキストメッセージを送った。
「設計図、整理しておきました。鍵はドアマットの下です」
それだけ。問い詰めるでもなく、涙を見せるでもなく、取り乱すこともなかった。私は、そうあるべき姿で、尊厳を持って立ち去るのだ。
母は正しかった。私たちは、あの人たちの下に生まれた。でも、その事実に私を打ちのめさせるつもりはない。
黒木亮介がいなくても、私は自分の人生を生きていく。
