第2章
三日後。
桐生博之のロールスロイスが東京拘置所の前に停まると、道行く人々がこぞって目を向けた。金融界の伝説的な人物が自らこのような場所へ赴くからには、何か重大な用件があるに違いない。
彼はスーツを整え、大股で受付室へと向かった。
「如月詩音に会わせろ」
博之は金箔押しの名刺を差し出しながら、有無を言わせぬ口調で言った。
受付の女性刑務官は名刺に目を落とすと、複雑な表情を浮かべた。
「桐生様、如月さんから、もしお見えになったら会いたくないとお伝えするよう言われております」
博之は眉をきつく寄せた。
「それが彼女の本心のはずがない」
「はっきりとおっしゃいました」
女性刑務官は譲らない。
「絶対にあなたには会わない、と」
博之は冷笑を浮かべた。
「本当に彼女がそう言ったのか?」
女性刑務官は頷いた。
「間違いありません。それに、あなたが何を言っても信じないように、とも」
詩音の魂は傍らに漂いながら、その一部始終を苦々しく見つめていた。
彼女は死ぬ前の最後の日々を思い出していた。
長年にわたり如月家のために血を抜かれ続けたせいで、彼女の身体はもともと衰弱していた。拘置所に入ってからは、それにさらに拍車がかかった。
二ヶ月も経たないうちに、彼女はもう耐えられなくなったのだ。
死ぬ間際、彼女は女性刑務官に最後の言葉を遺した。
「もし桐生博之が私を訪ねてきたら、会いたくないと伝えてください」
恨みからではない。ただ、絶望していたのだ。
彼女の人生は、実の両親に捨てられ、養父母には道具として扱われ、唯一愛した男には刑務所に送られた。
祖母は死に、養母は再婚し、養父は亡くなり、夫ですら復讐のために彼女を娶ったにすぎない。
この世界には、彼女の生死を心から気にかける者など、誰一人としていなかった。
「桐生様、もうお諦めになった方がよろしいかと」
女性刑務官は博之の頑なな表情を見て、少し口調を和らげた。
「如月さんは……あなたに会いたくないと」
博之は鼻で笑った。
「会いたくないだと? ならば所長に電話して、彼がどう言うか聞いてみようじゃないか」
女性刑務官は顔色を変え、慌てて制止した。
「桐生様、所長をお騒がせするには及びません。実は……如月さんはもう亡くなりました」
「死んだ?」
博之は彼女を侮るように見つめた。
「俺を騙そうと、口裏を合わせているのか?」
「二ヶ月前に亡くなりました」
女性刑務官はため息をついた。
「身体が弱りすぎて、持ちこたえられなかったのです」
「大した芝居だな」
博之は冷ややかに立ち上がると、傲慢に手を振った。
「さっさと本人を連れてこい。俺の時間を無駄にするな」
二人のボディガードが収容区画へ向かい、しばらくして気まずそうに戻ってきた。
「桐生様……中に……誰もいません」
博之の顔色が急変した。
「誰もいないとはどういうことだ?」
「監房は空です。確かに如月さんはいませんでした」
彼は如月詩音が死んだなど信じなかった。彼女は誰よりも生きたがっていた女だ。そう簡単に死ぬはずがない。誰かが彼女を助け出し、刑務所の人間と結託して死んだことにしたのだ。そうすれば、彼女は完全に自分の支配から逃れられる。
これは明らかに、周到に計画された陰謀だ!
博之の目に危険な光が宿った。
「誰が彼女を助け出した?」
拘置所の外、博之は車の中で優希に電話をかけた。
「優希、詩音が誰かに連れ去られた」
彼は歯ぎしりした。
「刑務所の連中は死んだと言っているが、これは明らかに目くらましだ」
優希は電話の向こうで驚いたふうを装った。
「えっ? お姉様が助け出されたって? 一体誰がそんなことを……」
「蒼井崇人以外に誰がいる!」
博之の声は憎しみに満ちていた。
「詩音が昔から知っている人間は多くない。彼女を連れ出す力がある奴はさらに限られる」
優希はここぞとばかりに火に油を注いだ。
「蒼井さんはずっとお姉様のことを気にかけていましたし、もしかしたら本当に彼が……」
「あいつの思い通りにはさせん!」
博之はエンジンをかけた。
「俺の女に手を出したんだ。高くつかせてやる!」
詩音の魂は助手席に座り、博之の怒りに燃える横顔を見つめ、心は灰のように冷え切っていた。
彼は「俺の女」と言ったが、彼の心の中では、彼女は復讐のための道具にすぎない。
もし自分が本当に生きていたら、結局は刑務所に閉じ込められ続け、彼に頭を下げて過ちを認めるのを待つだけではないか。
この男は、一度も彼女を本気で愛したことなどなかったのだ。
電話から、優希の声が聞こえてくる。
「博之さん、また私の病状が悪化しちゃったの。お医者様が、あと二ヶ月もつかどうかだって……」
「安心しろ。必ず蒼井崇人から詩音を取り返して、お前に骨髄を提供させる」
博之は約束した。
「誰であろうと、俺がお前を守るのを邪魔させはしない」
詩音は目を閉じ、もうそれ以上聞いているのが耐えられなかった。
自分の愛が、まるで笑い話のようだと思った。
