第2章
翌日の放課後、私は謎の女性からのメッセージの指示に従い、キャンパスの裏山にある桜園で待っていた。
夕陽が西に傾き、古い桜の木が長い影を落とす。園内はひときわ静まり返っていた。
私は緊張しながらスマートフォンを見つめる。約束の時間が来た。
「橘夜華さん?」
小道から、別の学校の制服を着た女生徒が歩いてきた。昨晩、私に電話をかけてきた人物だ。
彼女は二十歳くらいに見え、顔は青白く、その瞳には恐怖の色が浮かんでいる。
「あなたが昨晩電話をくれた人?」
私は焦って尋ねた。
「失踪した女子生徒たちの真相を知っているって言ってたわよね?」
女生徒はあたりを見回し、他に誰もいないことを確認すると、鞄から分厚いファイルを取り出した。
「これは私が二年かけて調査した資料よ」
彼女は声を潜めて言った。
「あの十九体の遺体の身元は、全部調べがついているわ」
私はファイルを受け取り、中の内容を素早くめくった。
写真、失踪届、学籍簿……一枚一枚が、私の驚きを増幅させていく。
「明治四十四年、最初は橋本夏花。桜ヶ丘学園の第一期女子生徒」
女生徒は一番古い写真を指差した。
「大正八年は田村美智子、昭和十二年は佐藤花子……」
私の手が震え始めた。写真の少女たちの顔は、どれも驚くほど私に似ていた。
「彼女たちはいつ失踪したの?」
「五、六年に一人ずつ」
女生徒は続けた。
「一番最近なのは二〇一八年の前田由香。一つ上の代の生徒会副会長よ。彼女たちの失踪前には共通点があった——みんな、神代家の一族の男性と密接な接触があったの」
私は最後のページをめくり、手書きの分析報告書を目にした。
「神代家は、ある特定の遺伝子型を探している」
女生徒は説明した。
「彼女たちはみんな同じ血液型で、骨格構造も似ていて、声帯の振動周波数まで極めて近いの。これは偶然じゃない。計画的な選別よ」
「じゃあ、私は……」
私の声はほとんど聞こえなくなった。
「あなたが二十人目」
女生徒の瞳には同情が満ちていた。
「本当は私が十九人目だった。前田由香が私の本名よ。でも、私は土壇場で逃げ出して、五年も身を隠して、あなたに警告するために戻ってきたの」
私は目を見開いた。
「あなたが前田由香? でも、資料にはもう失踪したって……!」
「死んだのは身代わりよ」
由香は力なく笑った。
「神代家の技術はあなたの想像以上に恐ろしい。彼らは完璧な代替品を作り出して、真相を隠蔽できるの」
その時、桜の木の背後から、氷のように冷たい声が響いた。
「どうやら、我々の小鼠がようやく姿を現したようだな」
神代哲司がゆっくりと姿を現した。ハンチング帽を被り、その表情は恐ろしいほどに陰鬱だ。
由香はすぐに私の前に立ちはだかった。
「橘さん、早く逃げて!」
「前田由香、五年前に貴様を逃したのは俺の不覚だった」
哲司の目が不気味な光を放つ。
「だが今回は、同じ過ちを繰り返さない」
「哲司、どうしてこんなことをするの?」
私は震える声で尋ねた。
「夏花のためだ」
哲司の声は、優しく、そして狂信的なものに変わった。
「彼女を俺の元へ取り戻すため。夜華、お前には分からないだろうが、お前の存在は、この瞬間のためにある」
由香は拳を固く握りしめた。
「神代哲司、この変態! あんたたち一族の病的な執念はもう終わらせるべきよ!」
「黙れ!」
哲司から、突如として凄まじい殺気がほとばしった。
由香の身のこなしは予想外に素早く、明らかに専門的な訓練を受けているようだった。一つ一つの動きが正確で力強い。
だが、哲司の力は到底人間のものではなく、彼は由香の攻撃をたやすく防ぎ、その手首を掴んだ。
「あっ!」
由香が苦痛に悲鳴を上げる。骨が砕ける音が聞こえた。
「やめて!」
私は叫んだ。
哲司は私の懇願を無視し、もう片方の手で由香の首を掴んだ。
「さよならだ」
哲司はゆっくりと右手を上げ、軽く指を鳴らした。
突如、強風が吹き荒れ、由香の足元の石段が瞬時に崩れ落ちた。
彼女は恐怖の叫び声を上げながら崖下に転落し、鬱蒼とした木々の中へと消えていった。
「いや!」
私は駭然と哲司を見た。
「あなたが彼女を殺したのね!」
「ゴミ掃除をしただけだ」
哲司は振り返る。その顔には、今まで見たこともない冷酷さが浮かんでいた。
「夜華、言ったはずだ。人間が知るべきではない秘密もある、と」
「人間?」
私は彼の言葉のキーワードを捉えた。
「哲司、あなた、一体何者なの?」
哲司の目に、異様な光がよぎった。
「どうやら、分かり始めてきたようだな。そうだ、俺の遺伝子は接触したあらゆる生物を変化させる。お前の体内で起きている変化も、含めてな」
胃のあたりがむかむかし、私は無意識に腹部を覆った。
「何を言っているの? 何の変化?」
「帰るぞ」
哲司の口調には、有無を言わせぬ威厳がこもっていた。
「これらの問いの答えは、すぐにお前にも分かる」
彼は私の手首を掴んだ。その力はあまりに強く、振りほどくことはできなかった。
学生寮に戻ると、部屋にはなんと白衣を着た数人の男たちが待っていた。
「哲司、これはどういうこと?」
私は怯えて尋ねた。
「校医の森本教授と、T大学の専門家の方々だ」
哲司は平然と言った。
「お前に定期検診を行うために来てもらった」
「何の定期検診よ? 私、何も予約してない!」
森本教授は白髪だが矍鑠とした中年男性で、穏やかに笑いながら言った。
「橘君、これは学校の特別ケアプログラムだよ。優秀な生徒として、君の健康状態を万全に保つ必要があるからね」
「検査結果は良好だ」
十分後、森本教授は聴診器をしまい、「身体の各指標は全て正常。例の……プロジェクトは順調に進んでいる」と言った。
森本教授が「プロジェクト」と口にした時、哲司の目に満足げな色がよぎるのを私は見てしまい、心の中の恐怖がさらに強くなった。
全員が立ち去った後、私は哲司を問い詰めた。
「何のプロジェクト? あなたたち、私に何をしたの?」
哲司は窓辺へ歩み寄り、私に背を向けたまま言った。
「夜華、最近、体に何か変化を感じなかったか?」
私は最近の異常を思い返す。食欲が増したのに体重は変わらず、時折、腹部に奇妙な蠕動感がある……。
「私の体に、何か入れたの?」
私の声が震え始めた。
「入れたのではない」
哲司は振り返り、その眼差しは深く、そして危険なものに変わった。
「それが自ら、成長したのだ。百年にわたる実験と改良を経て、今回の培養体は最も完璧なはずだ」
培養体? 私は眩暈を覚えた。
「ここから出ていく」
私はドアに向かって駆け出した。
「田中先生のところへ行く!」
哲司は私を止めず、ただ冷ややかに言った。
「行け。だが覚えておけ。お前はもう、後戻りはできない」
私は夢中で体育館へと走った。田中先生はまだ器具の片付けをしていた。
「田中先生!」
私は息を切らして駆け込んだ。
「助けてください! 哲司は……彼は、人間じゃないんです!」
田中先生は私の怯えた表情を見て、すぐに手にした用具を置いた。
「橘君、何があったんだ? 顔色が悪いぞ」
「私の体に、何か問題がある気がするんです」
私は田中先生の腕に強くしがみついた。
「校外の病院に、一緒に検査に行ってくれませんか? 一人で行くのが怖いんです」
田中先生は迷わず頷いた。
「もちろんだ。俺の車が駐車場にある」
二十分後、私たちは最寄りの総合病院に到着した。
産婦人科の医師は、人の良さそうな中年女性だった。
彼女は私を診察台に横たわらせ、定例の超音波検査を始めた。
数分後、医師の表情が次第に奇妙なものになっていく。
「こ……これは何?」
彼女はモニターを凝視し、声が震え始めた。
「どうしたんですか?」
私は慌てて尋ねた。
医師は答えず、他の二人の医師を呼び寄せた。
彼らはモニターの周りで囁き合い、皆、驚愕の表情を浮かべている。
「橘さん」
主治医は深呼吸を一つした。
「あなたの胎内には確かに異物があります。ですが、それは正常な胎児ではありません。どちらかというと……嚢胞状の構造物で、中には液体と不明な組織があります」
私の血の気が、一瞬で引いた。
「それって、どういう……」
「そしてさらに奇妙なことに」
医師は続けた。
「あなたの内臓器官には明らかな侵食の痕跡が見られますが、血液の数値は異常なほど健康です。これは医学的にあり得ません」
田中先生は拳を握りしめた。
「それで、彼女の体の中にあるのは一体何なんだ?」
その時、白衣を着た中年男性が診察室に入ってきた。
まさしく森本教授だった!
「先生方、この症例は私が引き継ぎます」
森本教授は、何らかの身分証を提示した。
「これは我々の大学の研究プロジェクトに属するものです」
「教授! どうしてここに?」
私は恐怖に駆られて尋ねた。
森本教授は穏やかに微笑む。
「夜華君、君の状態は非常に特殊でね。その嚢胞状構造物は君の体の栄養を吸収しているが、同時に君の生命機能を維持する物質を分泌している。これは、百年間で最も成功した培養だよ」
「何を培養してるって?」
田中先生が怒りを込めて問い詰めた。
「あなたたちはこの生徒に一体何をしたんだ?」
「夏花の完璧な器を、だ」
森本教授の瞳が狂信的な光で輝いた。
「百十二年にわたる技術改良を経て、今回の融合プロセスは非常に順調だ。あと数週間で、真の夏花が完全に覚醒する」
私は診察台に崩れ落ち、ようやく全てを理解した。
私は橘夜華ではない。
私はただ、神代家が作り出した、一つの器に過ぎないのだ。
「いや、他の誰かになんてなりたくない!」
私は突然立ち上がった。
「すぐに手術をしてください、そのものを取り出して!」
森本教授は首を振った。
「夜華君、今手術すれば君の命が危ない。その器はもう、君の生命システムと一体化しているんだよ」
「それなら、死んだって傀儡になるのだけは嫌!」
私はヒステリックに叫んだ。
田中先生が私をきつく抱きしめた。
「橘君、落ち着くんだ! 必ず方法を考えよう!」
森本教授は腕時計を見た。
「今夜十二時、神代の若様が君を迎えに来る。無駄な抵抗はしないことだ」
私は絶望して田中先生を見上げた。涙が止めどなく流れてくる。
私に残された自由な時間は、あと数時間。
数時間後、私はもう、私ではなくなってしまうのだ。
