第2章

 その夜、イザベラが基地に越してきた。

 私は、バイパーが自ら二階の客室――彼の部屋のすぐ隣の――に彼女を泊める手はずを整えるのを、ただ見ていた。五年もの間、ずっと空き部屋だった場所だ。それが今、どこからともなく現れたあの女に占領されている。

 クソッ。

「カタレヤ、イザベラに清潔なタオルを持ってきてやれ」バイパーは振り返りもせずに言った。

 私は拳を握りしめた。爪が手のひらに食い込む。「ええ、お父さん」

 イザベラは私に微笑みかけた。その笑顔に吐き気がした。「ありがとう、カタレヤ」

 私は何も言わず、まっすぐ倉庫へ向かった。タオル? タオルなんてクソくらえだ。いっそロープでも渡して、首を吊らせてやりたい。

 真夜中、ベッドの上で何度も寝返りを打った。隣室から、イザベラが動く微かな物音が聞こえてくる。バイパーが自室に戻ったのは知っていた。彼の部屋のドアが閉まる音を聞いたからだ。

 音を立てずに起き上がり、裸足のまま部屋を滑り出る。廊下では薄暗い壁の照明がいくつか瞬いているだけで、不気味な影を落としていた。壁伝いに、バイパーの部屋へと忍び寄る。

 ドアの隙間から、かすかな光が漏れている。息を殺し、ドアの枠に身を寄せた。

「……よく休むんだ。お腹の子のためにも」バイパーの声が聞こえてきた。いつもよりずっと、優しい声色だった。

 心臓が、ずしりと落ちた。

「ええ、大変なのはわかってる。でも……」イザベラの声は柔らかく、疲労の色がにじんでいた。「この子に、ちゃんとした家庭をあげたいだけなの」

「わかっている」バイパーが答えた。「俺がお前たち二人を守る」

 二人を、守る。

 腰のナイフを強く握りしめる。柄が手のひらで燃えるように熱い。五年間、バイパーが私にあんな声色で話しかけたことなんて、一度もなかった。一度も。

 彼は、本気でこの赤ん坊を大切に思っている。

 その認識が、刃のように胸を貫いた。

 一歩一歩、危険な綱渡りのようにそろそろと後ずさる。自室に戻り、ベッドの縁に腰掛けると、両手が震えていた。

 落ち着け、カタレヤ。落ち着くのよ。

 だが、落ち着けるはずもなかった。バイパーの優しい声と、イザベラの哀れな姿が、頭の中で反響する。

 翌朝、私は早くに目を覚ました。基地は不気味なほど静まり返り、ほとんどの人間はまだ眠っている。コーヒーでも淹れて頭を冷やそうと、キッチンへ向かった。

 キッチンのドアを押し開けると、カウンターに立つイザベラの姿があった。朝食の準備をしているらしい。ゆったりとした白いTシャツを着て、黒髪が肩に流れ落ちている。足音に気づき、彼女が振り返った。

「おはよう、カタレヤ。あなたも早いのね」

 私は答えず、コーヒーメーカーにまっすぐ向かう。だが、彼女の横を通り過ぎる瞬間、ぴたりと足を止めた。

 電光石火の速さでナイフを抜き、その刃を彼女の喉元に突きつけた。

 イザベラは凍りついたが、悲鳴は上げなかった。そのことに、私は驚いた。

「いったい何が望みなの」私は喉を鳴らすように言った。刃が彼女の肌に、細い赤い線を引く。

 イザベラはゆっくりと私の方を向いた。その瞳に恐怖の色はなく、ただ不気味なほどの落ち着きだけがあった。

「家が欲しいだけ。あなたと同じように」彼女は静かに言った。

「同じじゃない」私は歯を食いしばる。「私は、彼がその手で救い出した人間。あんたは、どこからともなく現れたただのクソ女よ」

 イザベラの唇がわずかに歪んだ。ぞっとするような表情だった。

「そうかしら? なら、どうして彼は今、あなたよりも私のお腹の子の方を気にかけているのかしらね?」

 私の手が震え、ナイフの先端が彼女の首に深く食い込んだ。一滴の血が、ゆっくりと滲み出す。

「黙れ」

「私が憎いのはわかるわ、カタレヤ」イザベラの声は落ち着いたままだった。「でも、私たちはお互いに彼の庇護が必要なの。違うのは、今の彼には、私のほうがもっと必要だということ」

 彼女を殺したい。本気で、そう思った。彼女の血が白いキッチンのタイルに飛び散るのを、その瞳から命の光がゆっくりと消えていくのを、この目で見たいと願った。

 だが、できなかった。基地の中では、いつバイパーが現れるかわからない場所では無理だ。

 私はナイフを引っこめ、一歩後ずさった。

「せいぜい気をつけることね、イザベラ。国境では事故が多いものよ」

 彼女はペーパータオルで首の血を拭いながら、まだ微笑んでいた。

「そうするわ。なんといっても、守るべき赤ちゃんがいるから」

 私は背を向けてキッチンを去ったが、イザベラの言葉が頭から離れなかった。彼女は落ち着きすぎている。落ち着きすぎているにも程がある。普通の女なら、ナイフで脅されてあんな反応はしない。

 その日の午後、私は訓練室に呼び出された。武器や標的が所狭しと並び、壁には射撃記録が貼られている。バイパーと私は、よくここで訓練や任務のブリーフィングを行った。

「カタレヤ、こっちへ来い」バイパーは戦術テーブルの前に立ち、地図を広げていた。

 私は彼のそばへ歩み寄り、隣に立った。これが私のお気に入りの瞬間だった――二人きり。過去五年、数え切れないほど繰り返してきたように。

「新しい任務だ」バイパーは地図上の赤い点を指さした。「シウダー・フアレスでの麻薬取引。かなりの量を欲しがっている。二百万ドル相当だ」

 私は頷いた。「いつ?」

「今夜だ」彼はUSBメモリを私に手渡した。「連絡先は全部その中だ」

 これはいつものこと。私たちは頻繁にこういった取引を行ってきた。だが、彼の次の言葉に私は愕然とした。

「君一人で行け」

「何ですって?」私は彼を凝視した。「お父さん、今まで一度だって、私一人で大きな取引をさせたことはなかったじゃないですか」

 バイパーは私を見ようとせず、地図を睨み続けた。「状況が変わったんだ、カタレヤ。君はもう大人だ。一人でやれる」

 大人? そんな言い訳、クソくらえだ。

「イザベラはどうするんです? 彼女はどこへ?」

「彼女は基地で休ませる」バイパーの声に苛立ちが混じり始めた。「妊婦には安全な環境が必要だ」

 胸の中で何かが燃え上がるのを感じた。

「今まで一度も、私を一人で行かせたことはなかった」私は繰り返した。声が震え始める。「五年間、こんな危険な任務に、私を一人で送り出したことなんてなかったのに」

 バイパーはついに私を見上げたが、その眼差しは見慣れないものだった。

「君は俺の最高の殺し屋だ、カタレヤ。だが、イザベラは……違う」

 違う。

 五年間で初めて、彼は私にこんな風に話した――まるで他人行儀に。まるで、使い捨ての部下に対するように。

 私は、彼の道具にすぎない。ずっと、そうだったんだ。

 その認識に、息が苦しくなる。

「わかりました」私の声は冷静に聞こえたが、内面では溺れかけていた。「任務を遂行します、お父さん」

 背を向けて去ろうとすると、バイパーが呼び止めた。

「カタレヤ」

 私は振り返った。心の中には、まだかすかな希望の光が灯っていた。何か慰めの言葉をかけてくれるかもしれない。私が彼にとって今でも特別な存在だと、そう言ってくれるかもしれない。

「気をつけろ。フアレスは危険だ」

 それだけだった。抱擁も、気遣うような眼差しも、聞き慣れた「俺の可愛い子」という呼びかけもなかった。

「もちろんです」私は無理に微笑んだ。「私は、お父さんの作品でしょう?」

 訓練室を出ると、頭の中は混乱の極みにあった。五年かけて築き上げたものすべてが、信頼と依存の五年が、妊娠していると主張する一人の女によって、いとも簡単に破壊されていく。

 二階へ向かい、イザベラの部屋の前を通り過ぎると、中から柔らかな鼻歌が聞こえてきた。彼女は子守唄を歌っていた。

 クソ女が。

 再び拳を握りしめる。爪が手のひらに食い込む。口の中に血の味が広がった――自分の舌を噛んでしまったのだ。

 あの忌々しい取引のために、シウダー・フアレスへは行くだろう。だがその前に、イザベラ・ロドリゲスという女が本当は何者なのか、突き止める必要があった。

 普通の妊婦は、あんな目をしない。普通の妊婦は、ナイフで脅されても平然としていられない。

 彼女は何かを隠している。そして私は、それを暴き出すつもりだ。

 それから、私からお父さんを奪った代償を、彼女に払わせてやる。

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