第9章
相沢俊は葉山風子の話を聞いて、心がかなり楽になった。
少なくとも葉山風子は怪我をしていないから、桂原明に殺されることはなさそうだ。
なぜ事態がこんな状況になったのか、それは葉山風子がスタッフに連れられて田中社長のオフィスを訪れたところから始まった。
葉山風子がオフィスに着いたとき、田中社長は巨大なオフィスチェアに座り、黒ストッキングを履いた長い脚を魅惑的な姿勢で組んでいた。
最初に田中社長を見たとき、葉山風子は少し感嘆してしまった。
田中社長は非常に美しく艶やかで、特に口元のあの美人ほくろが万種の色気を添えていた。さらにレザージャケットと黒ストッキングという出で立ち。世の中のどんな正常な男性もこの誘惑に抗えないだろう。
ただ、田中社長の目つきが葉山風子をとても不快にさせた。あの高慢で軽蔑の混じった眼差しは、以前マンションの警備員と同じように気持ち悪く感じた。
葉山風子は田中社長があまり好きではなかったが、任務は遂行しなければならない。彼女は抱えていた紙袋を取り出し、両手で田中社長に差し出した。
「田中社長、これはうちの社長がお返しするようにと。あなたのこれらのものは受け取れないとのことです」
葉山風子は自分の態度はかなり丁寧だと感じていた。
いわゆる礼儀正しい人には手を上げないという言葉通り、田中社長がどれほど高慢でも限度があるはずだ。
しかし、葉山風子は田中社長の下限を見くびっていた。
田中社長はその紙袋を受け取ろうとせず、葉山風子にずっと持たせたままだった。
葉山風子が腕の痛みを感じ始め、少しイライラし始めたころ、ようやく田中社長は口を開いた。
「あなたたちの社長は面子が大きいのね。私が食事に誘ったのに、あなたのような者を寄こして私をあしらうなんて?」
田中社長の声には濃い恨みがこもっていて、葉山風子はつい想像してしまった。
「この女性はこんなに高慢なのに、彼女が気に入る男性は見た目がいいんだろうな?ということは、うちの会社の社長もなかなかのイケメンってこと?でも、なぜ田中社長の誘いを断ったんだろう?もしかして家に強面の奥さんがいるとか?きっとそうに違いない!そうでなければ、普通の男性ならこんな魅力的な女性を断ることなんてないはずだ」葉山風子は事の真相を推測したつもりだったが、彼女が想像していたその「女性」が実は彼女自身だとは、死んでも思いつかないだろう。
心の中で推測はしていたものの、葉山風子はもちろん社長が奥さん恐怖症だなどという悪口を陰で言うわけにはいかない。
葉山風子は言葉を慎重に選び、肩をすくめて謝罪の意を込めて言った。
「申し訳ありません、田中社長。うちの社長は、あなたのお気持ちは有難く思っていますが、すでに愛する女性がいて、一生その人だけを愛すると決めているので、あきらめていただいたほうがいいとのことです」
葉山風子は自分の言い方がとても婉曲で丁寧だと思ったが、しかし田中社長というこの狂った女は顔色を険しくした。相手は葉山風子が手に持っていたファイル袋を激しく払いのけただけでなく、彼女の鼻先を指さして罵倒し始めた。
「あなた、私に指図するの?あなたなんて何者?私に指図する資格があるとでも思ってるの?どこの腐った魚介類が...」田中社長は葉山風子の鼻先を指さして、一言一言がどんどん汚くなっていった。
「あなた、病気なの?私はただお金を届けに来ただけで、親切に一言アドバイスしただけよ。受け入れないならそれでいいけど、なぜ私を罵るの?本当に私たち労働者には不満がないと思ってるの?」
葉山風子は田中社長の鼻を指さして怒りをぶつけ返した。しかも彼女の声は田中社長よりずっと大きかった。
田中社長はさらに怒り出した。葉山風子は大人しく罵られるどころか、反撃までしてきたのだ。
田中社長はさらに罵り返そうとしたが、葉山風子はその機会を全く与えなかった。
「あなたを拒否したのはうちの社長であって、私じゃない!私を罵ってどうなるの?社長を罵りに行けばいいでしょ!それともその勇気がないの?部下にだけ八つ当たりできるわけ?
言っておくけど、私はあなたの社員じゃないから、あなたに合わせる必要はないわ!今こうしてあなたの鼻先を指して罵ってるけど、私をどうするつもり?私たちの社長に文句言いに行く?彼があなたの相手をすると思う?彼があなたを拒否したのも当然よ。あなたみたいな悪妻タイプ、彼が好きになるわけないじゃない...」
葉山風子の話すスピードは速く、田中社長は一言も挟めなかった。
元々白かった田中社長の顔は、葉山風子の言葉で赤くなり、次に紫色になり、それから黒くなり、最後には青白くなった。
「田中社長、顔色が変わるんですね!変身怪人に会ったのかと思いましたよ!」
葉山風子の口は特に意地悪で、これで完全に田中社長を怒らせてしまった。
田中社長は葉山風子に言い負かされたと悟り、テーブルの上の赤ワインを掴んで彼女に向かって投げつけた。
葉山風子は田中社長が突然手を出すとは思わず、顔に赤ワインをまともに浴びせられた。
「よし、手を出すのね?」葉山風子は冷笑し、テーブルの上にあった別のグラスの赤ワインを掴み、田中社長に向かって投げ返した。
「許さないわ!」
田中社長はこんな屈辱を受けたことがなかった。彼女は叫びながら葉山風子に向かって突進し、美しいネイルをした指で葉山風子の髪をつかもうとした。
葉山風子の動きは田中社長よりずっと速かった。彼女は先に田中社長の両手を払いのけ、すぐに二発の平手打ちを田中社長の顔に食らわせた。田中社長は突然のビンタで呆然としていた。
我に返った田中社長は叫びながら手近な武器を探し、すぐにオフィスのショーケースにある赤ワインのボトルを見つけた。彼女はワインボトルを掴むと葉山風子に向かって投げつけた。
葉山風子は驚いて、急いで身をかわした。
赤ワインのボトルは葉山風子の頭をかすめて壁に当たり、ボトルは粉々に砕け、壁に血のように赤い花を残した。
割れたボトルの音は、ドアの外にいた相沢俊を驚かせた。
葉山風子はワインボトルの攻撃を避け、叫びながら田中社長に突進した。
「この狂った女、ちょっと教訓を与えないとね!」葉山風子は突進して田中社長の髪をつかみ、彼女をソファに押し付け、拳を振り上げて相手の顔に思いっきり叩きつけた。
相沢俊がドアから飛び込んできたとき、見たのはまさにこの光景だった。
葉山風子は相沢俊に引き離され、田中社長はようやく殴られることから解放された。
しかし今や田中社長の顔には涙と鼻水が流れていた。彼女は恨みがましく葉山風子を見つめたが、葉山風子がきつく睨み返すと、相手は怖がって一歩後ずさった。
相沢俊は葉山風子の豪快さを見て、苦笑いしながら頭を振った。彼は先輩の将来の結婚生活を少し心配した。
「葉山さん、一体何が...」相沢俊が口を開いた途端、葉山風子の凶暴な眼差しに驚いた。
しかし幸いなことに、葉山風子は少なくとも相沢俊が彼女の上司であることを理解していて、すぐに冷静な眼差しに戻った。
「殴ったものは殴ったわ、この狂った女が先に手を出したんだから?これは正当防衛よ。どうしても必要なら医療費を払ってあげるわ。ほら、ここにお金があるし」
葉山風子はそう言いながら、床から紙袋を拾い上げ、開けて緑色のドル紙幣の束を取り出した。
「このお金で病院に行って良い薬でも買って、あなたの脳を治しなさいよ!」葉山風子はそれらのお金を田中社長の顔に向かって激しく投げつけた。確かに、お金で人を打つこの感覚は本当に気持ちがよかった。





















































