第2章

一晩中眠れなかったが、頭は妙に冴えわたっていた。

夜が明けてから、私は現在の状況を注意深く分析した。フォーラムのチャット記録だけでは不十分だ。もっと実質的な証拠が必要になる。

敵陣の懐深くに、潜入しなければ。

午前十時。私は念入りに弁当を準備し、良妻賢母を装って慎太郎の会社へと向かった。

「慎太郎にお昼ご飯を届けに来ました」

私は受付の女性に穏やかに微笑みかける。

「田村様でしたら、三階の会議室で会議中ですが、少々お待ちになりますか?」

「いえ、大丈夫です。お弁当を彼のデスクに置いておくだけですので」

私は慣れた足取りで階上へと向かった。慎太郎のオフィスは廊下の突き当たりにある。しかし、私は直接そこへは向かわず、まず化粧室でタイミングを窺った。

十分後、会議室のドアが開き、一群の人々が笑いさざめきながら出てくる音がした。

ドアの隙間から、慎太郎が長い髪の女の子と肩を並べて歩いているのが見えた。あれがきっと、渡辺星奈なのだろう。

「お昼、何食べたい?」

慎太郎が彼女に小声で尋ねる。

「なんでもいい。あなたと一緒なら」

渡辺星奈は恥ずかしそうに俯いた。

私は拳を握りしめ、無理やり自分を冷静に保った。

彼らがエレベーターに向かうのを、私はそっと後をつけた。

「あのイタリアンレストラン、今日新しいメニューがあるんだ。個室、予約しようか?」

慎太郎が言うのが聞こえる。

「いいわね。あのプロジェクトのこと、ゆっくり話せるし……」

渡辺星奈は甘えた声で彼の腕を軽く叩いた。

「それに、私たちの未来のことも」

未来? 私は心の中で冷笑した。お前たちに未来などない。

彼らがエレベーターに向かうのを見届け、私はその情報を素早く記憶に刻むと、慎太郎のオフィスへと向かった。

彼のデスクに弁当を置き、それから注意深く捜索を始める。

引き出しの中には、案の定、星奈の写真が一枚あった。裏には『最愛の人へ』と書かれている。

ファイルには高級レストランのレシートが数枚挟まっていた。日付はここ数ヶ月のものばかりだ。

さらに重要な発見は、彼の手帳の中にあった——『星奈、今の状況はなんとかしてすぐに解決するから、もう少しだけ待っていてくれ。——永遠に君を愛する慎太郎より』と書かれた小さなメモが挟まっていたのだ。

今の状況を解決する? それは、私のことだろうか?

私は携帯で全ての証拠を写真に撮ると、素早く会社を後にした。

家に戻ってから、私は詳細な調査計画を立て始めた。

まず、渡辺星奈の素性を知る必要がある。

彼女のSNSアカウントを検索し、公開されている投稿を丹念に見ていく。

写真のタイムラインから判断すると、彼女と慎太郎の関係は少なくとも一年以上続いているようだ。

しかも彼女はかなり見栄っ張りらしい——レストランの写真、プレゼントの写真、旅行の写真。慎太郎の顔は直接写ってはいないものの、細部が一致している。

さらに興味深いことに、彼女が頻繁に会社の近くのカフェでチェックインしているのを発見した。時間は決まって午後の三時。

そこが、彼らの密会の時間と場所なのだろう。

これから数日、私は彼らを密かに尾行し、さらなる証拠を集めなければならない。

夕方六時、慎太郎が帰宅した。

「ずいぶん早かったのね」

私は彼を迎え、ビジネスバッグを受け取った。

「お弁当、美味しかった?」

「あ、ああ、弁当……美味しかったよ。ありがとう」

慎太郎は私の視線を避け、心にやましいことがあるように見えた。

「今日のお仕事は順調だった?」

私は優しく尋ねる。

「まあまあかな。ただ、新しいプロジェクトがちょっと複雑で、デザイナーとよく話し合わないといけなくて」

デザイナー? 渡辺星奈のことだろう。

「それは大変ね。マッサージしてあげようか?」

「いや、いいよ。シャワーを浴びてくる」

慎太郎はそそくさと浴室へ向かった。

水音が響き始めると同時に、私は彼の携帯をチェックした。

案の定、渡辺星奈からメッセージが何件も届いている。

『今日のランチ、すっごく楽しかった~♡ サプライズありがとう』

『プロジェクトの資料、もうまとめておいたから、明日も頑張ろうね!』

『明日はやく会いたいな♡』

私は全てのチャット記録をスクリーンショットで保存し、素早く閲覧履歴を削除した。

夕食の時、私はわざと切り出した。

「そうだ、明日はお母さんのお見舞いに行こうと思うの。少し帰りが遅くなるかもしれない」

慎太郎の目に一瞬、喜びの色が閃いたが、彼はすぐにそれを隠した。

「そうか。お義母さんとゆっくりしてきなよ。俺も、たぶん残業になると思う」

残業? それともデート?

「じゃあ、体に気をつけてね。あまり無理しないで」

私は彼の皿に優しくおかずを取り分ける。

慎太郎は私の優しい様子を見て、複雑な表情を浮かべた。

「芽衣、俺……」

「どうしたの?」

「いや、なんでもない。ただ、お前は本当にいい奴だなって」

私は微笑んで頷いた。心の中ではこう思っていた。そうよ、私はいい女。あなたにはもったいないくらいに、ね。

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