第1章

絵里

朝霧がまだ窓に張り付いている学園で、私は自分のロッカーの前に立っていた。

金属製の扉には『黒井絵里』というネームプレートが貼られている。このエリート進学校において、その苗字は重みを持つ。けれど、私にとっては重荷でしかなかった。

ダイヤル式の鍵を回す。カチリ。扉が開いた。

瞬間、腐ったような悪臭が鼻を突いた。

腐りかけのサンドイッチ、カビの生えた牛乳パック、油染みのついたナプキンがどっと雪崩れ出てきて、制服を汚し、床に散らばった。吐き気を催す腐敗臭が、一瞬にして廊下全体に充満した。

「うわっ! 見てよ、あの奨学生のロッカー!」

「マジで臭っ~あいつにぴったりじゃん!」

「誰かスマホ! これ撮らなきゃ!」

生徒たちがハイエナのように群がり、スマホを掲げ、あちこちでフラッシュが焚かれる。

私はロボットのように膝をつき、散らかったゴミを拾い始めた。制服のスカートが汚物を吸い込んでいく。

「あらあら、姉さんじゃない」

聞き慣れた声が背後からした。振り返ると、真新しい制服に身を包んだ沙耶香が、完璧に作り上げられた心配そうな表情を浮かべてこちらへ歩いてくるところだった。

彼女はブランド物の靴で、ぐちゃぐちゃのサンドイッチを真上から踏みつけた。ぐしゃり、と嫌な音がする。

「姉さん、学校のイメージが悪くなるわ。みんながどう思うかしら?」

私は拳を固く握りしめた。爪が手のひらに食い込む。

「あなたがやったの?」

「私? 何のことかしら?」沙耶香は子鹿のように無垢な瞳を瞬かせた。「私がこんなことするわけないじゃない。もしかして……もう少し衛生観念を身につけた方がいいんじゃない?」

野次馬たちの笑い声が、さらに大きくなった。私はうつむいたまま片付けを続けた。涙がゴミと混じり合う。


化学の応用授業で、渡辺先生がグループでの実験作業を発表した。

「四人一組でチームを作ってください。パートナーは自由に選んで構いません」

周りを見渡すと、生徒たちは皆、意気揚々とチームメイトを探している。私は立ち上がり、一番近くのグループに歩み寄った。

「ごめん、もういっぱい」金髪の女が、顔も上げずに言った。

別のグループにも声をかけてみる。

「入れてもらえないかな?」

「悪い、もう決まってるんだ」と、ある男がわざとらしく椅子を内側に引いて言った。

次から次へとグループに断られ、その拒絶は一度ごとに冷たさを増していった。とうとう、私だけが教室の真ん中に取り残された。まるで、いらない残り物みたいに。

渡辺先生は気まずそうに咳払いをした。

「黒井、君は……一人でやってくれ」

教室全体が、不気味な静寂に包まれた。私は静かに隅の実験台へ向かい、一人で溶液の準備を始めた。孤立した一角で、ビーカーや試験管がカチャンカチャンとやけに大きく鳴り響き、その一つ一つの音が私の孤独を際立たせた。


カフェテリアでの昼食は、さらに悪夢だった。

トレーを手に、満員のカフェテリアをさまよう。プラスチックの上を、みじめな冷たいサンドイッチが滑る。座る場所を探して。テーブルに近づくたび、そこに座っている生徒たちは示し合わせたようにそっぽを向き、私に背を向けた。

「ごめん、ここ、空いてないから」

「あっちも無理」

「他、当たれば?」

カフェテリアの隅に追いやられ、壁に背を押し付けながら、味のしないサンドイッチを無理やり喉に押し込んだ。

「見て、孤児の絵里がまた席を乞食してる」

「いつも一人で食べてるよね。マジうける」

「うけるってか、あいつん家、金持ちじゃなかった? なんで被害者ぶってんの?」

彼らの囁き声は、カフェテリアの喧騒を切り裂いて、ナイフのように正確に私の耳に届いた。ロボットのように咀嚼を続ける。サンドイッチは、まるで紙でも食べているかのようだった。


昼休み、校庭にて。

静かに本を読める隅っこを探していただけなのに、気づけば囲まれていた。その中心にいるのは五条和也、生徒会長で、バスケ部のキャプテンで、女子生徒全員の憧れの的。

「絵里、調子はどうだ?」彼の笑みは完璧で、計算されていて、そして捕食者のそれだった。「慈善基金は、ちゃんと機能してるか?」

彼の友人たちも嘲笑に加わる。

「ああ、俺たち貧乏人がどうやって生きてるのか、すっごく興味あるんだ」

「なんか援助してやろうか?」

私は胸にバックパックを抱きしめ、彼らの間をすり抜けようとした。しかし、和也が私のバッグをひったくり、頭上高くに掲げた。

「こんなボロいバックパックは、うちの学園にふさわしくない」

「返して!」涙が溢れそうになる。

「欲しいか? だったらゴミ箱から拾ってこいよ!」

私のバックパックはゴミ箱めがけて放り投げられ、本や文房具がそこら中に散らばった。私はゴミ箱に駆け寄り、膝をついて、ゴミの中に両手を突っ込んだ。

「写真撮れよ! このアングル最高だ!」

「奨学生の毎日のゴミ漁り!」

スマホが、屈辱的な瞬間の一秒一秒を記録していく。和也を見上げると、彼の瞳の奥で何かが.......罪悪感?一瞬きらめき、そして消えた。

「自分の立場をわきまえろ、絵里」彼は私を汚物でも見るかのように見下した。「ただの慈善事業の対象なんだよ」


午後七時、黒井邸のダイニングルーム。

長いテーブルの末席に座りながら、継母の奈央が優雅にステーキを切り分けるのを眺めていた。暖炉の火が、彼女の大理石のような顔立ちに揺らめく影を落とす。

「お母さん……」勇気を振り絞って口を開いた。「学校の子たちが、ずっと……」

「ずっと何?」彼女は顔も上げない。

「私をいじめるんです。ロッカーにゴミを投げ入れたり、私の写真を撮ってネットに上げたり……」涙がこぼれ始めた。「もう、本当に耐えられません」

奈央はようやく目を上げ、まるで高級絨毯についた染みでも見るかのように私を見た。

「問題はあなたにあるんじゃないかしら。他人の文句を言う前に、自分の行動を反省すべきよ」

「でも、私は何もしていません!」

「何も?」沙耶香がフォークを置き、心配そうに私を見た。「絵里、クラスメイトから聞いたわ。最近、すごく情緒不安定なんですって。本当にセラピーが必要なのかも――みんな、あなたが何か危ないことをするんじゃないかって心配してる」

私は凍りついた。彼女の裏切りに愕然とする。

「あなた……何を言ってるの?」

「心配してるだけよ」彼女は無邪気に瞬きをした。「だって、家族だもの」

奈央は頷いた。

「沙耶香の言う通りね。セラピストに連絡しておくわ」

もう耐えられなかった。椅子が床をけたたましく擦る音を立て、私はテーブルから飛び出し、自分の部屋へ逃げ込んだ。

寝室で私に寄り添ってくれるのは、母の写真だけだった。写真立てを胸に抱きしめると、涙がとめどなく頬を伝った。

「母親、強く生きてって言ったよね……でも、私、もう無理だよ」

スマホが、学校のグループチャットからの通知で執拗に震え続けていた。震える指でチャットを開くと、そこには今日の屈辱がハイライト映像のようにまとめられていた――ゴミの中に跪く私、バックパックを探してゴミを漁る私、泣いている私。

コメントはさらに残酷だった。

【クソワロタwww 😂】

【なんでこんな奴がうちの学校いんの?】

【恥かく前に退学すりゃいいのに】

母の最期の言葉が、亡霊のように私を苛む。「強く生きて」

でも今夜、私にその力が残っている自信はなかった。

明日は、一体何が待っているのだろう?

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