第4章

肌からエイドリアンの痕跡を消すための猶予は二時間。それだけでは足りなかった。

熱いシャワーは肌を焼くようだったが、穢れまでは洗い流せない。彼が残したすべての痕跡が、消えない刻印のように身体に残っている気がした。

病室に着くと、ヴィンセントはベッドに上体を起こしていた。本来ならあり得ないほど、その姿は力強く見えた。入口に立った私を、その鋭く計算高い瞳が追う。

「こっちへおいで、アイリス」

部屋を横切る。彼の手が伸びてきて、私を強引にベッドへ引き寄せた。反応する間もなく、首筋に唇が押し当てられ、舌が肌を這う。

私は凍りついた。そこに残るエイドリアンの味に気づかれただろうか?

「ん……」ヴィンセントが顔を離し、眉をひそめる。「新しい香水か?」

「ええ」嘘はすらすらと出た。「結婚式のために」

彼の疑いの色は、あの捕食者のような笑みへと変わっていった。「そういえば――式は今日済ませるぞ。お前を自分のものにするのに、もう一分たりとも待ちたくない」

背筋が寒くなった。

「でも、あと三日あるって……」

「知ったことか」指が私の手首に食い込む。「手配はすべて済ませた。四時だ。場所は病院付属礼拝堂。日が沈む頃には、お前はルッソ夫人になっている」

彼に口答えはできない。これまでも、一度だってできた試しはなかった。

本邸のブライダルスイートは息が詰まりそうだった。ローザが広げた白いシルクのウェディングドレスは、まるで絞首台のロープのようだ。ジッパーを上げながら、鏡に映る自分の姿を見つめる。それは、美しい死体に化粧を施しているかのようだった。

ノックもなくドアが開く。

エイドリアンがそこに立っていた。チャコールグレーのグルームズマン・スーツ。そのせいで、彼の瞳は嵐の雲のように見えた。

「ここは入っちゃだめよ」私は反射的に言った。「式の前に花嫁を見ると不吉なことが――」

「伝統なんかクソ喰らえだ」彼は私に歩み寄り、体温が伝わるほどの距離で立ち止まった。「最後のチャンスだ、アイリス。俺と一緒に来い。今すぐに」

鏡の中の自分が私を見つめ返す――花嫁なのか囚人なのか、もはや区別がつかなかった。

「父さんの借金が……」私は囁いた。「私が逃げたら、父さんは殺される」

エイドリアンは奥歯を噛み締めた。そして、両手を私の肩に置き、無理やり彼の方へと向かせた。

「なら、結婚しろ」彼の声が低くなり、暗く危険な響きを帯びる。「その上で、俺のものになれ」

「え?」

「聞こえたはずだ」彼は眼鏡を外し、ポケットにしまい込んだ。露わになったその瞳は、剥き出しの欲望を宿していた。「書類上はあの男の妻でいい。だが現実は、俺の女でいろ」

肋骨を突き破りそうなほど心臓が鳴っている。「そんなの、狂ってるわ……」

「俺たちはとっくに狂ってる」肩に置かれた指に力がこもる。「君が口づけを返した瞬間、もう後戻りはできなくなったんだ。分かってるはずだ」

ああ、どうしようもない。彼の言う通りだ。

「で?」エイドリアンの親指が鎖骨をなぞる。彼がつけた印の真上を。「答えは?」

断るべきだった。突き飛ばすべきだったのに。

代わりに私は、彼にキスをした。

唇を離した時、彼の瞳は飢えで黒く染まっていた。「いい子だ」彼は丁寧な手つきで私のベールを整えた。「さあ、行こうか。名ばかりのルッソ夫人にしてやるよ」

病院付属の礼拝堂は、消毒液と枯れかけた花の匂いに満ちていた。ヴィンセントは車椅子に座って祭壇の前で待っていた。看護師たちが衛兵のように両脇を固めている。数少ない立会人は彼のビジネスパートナーたち――晩餐会で彼が私をもてあそぶのを、瞬きひとつせずに眺めていた男たちだ。

私は一人でバージンロードを歩いた。花嫁の手を引く父はいない。父は三億円と引き換えに、とっくに私を売り渡していたから。

近づく私を、ヴィンセントの目が貪るように見つめる。「美しい」彼は掠れた声で言い、手を伸ばしてきた。「ようやく、この時が来た」

エイドリアンは介添人としてその横に立ち、背筋を正していた。一瞬だけ目が合う。その視線に込められた熱に、膝が崩れそうになった。

神父が口を開く。「親愛なる皆様、私たちはここに集い――」

握られたヴィンセントの手は湿っぽく、呼吸は荒かった。一秒一秒が、まるで溺れているかのように苦しい。

「アイリス・ベネット」神父が厳かに告げる。「あなたはヴィンセント・ルッソを法的な夫とし、今日より先、健やかなる時も――」

背後で、エイドリアンが息を呑む気配がした。鋭く、荒い息遣い。

ヴィンセントの爪が私の掌に食い込み、皮膚を傷つける。無言の強要。

「ちか……」言葉がガラス片のように喉に引っかかる。

「ベネットさん?」神父が促す。

「誓います」

その言葉は空虚に響いた。背後で何かが砕け散る音がした――水の入ったグラスが床に落ちたのだ。誰の手がそれを握り潰したのか、振り向かなくても分かった。

「ヴィンセント・ルッソ」神父が続ける。「あなたは――」

「誓うとも」ヴィンセントは最後まで言わせなかった。「もちろん、誓う」

「では、私に与えられた権限により――」

「待て」

エイドリアンの声が、刃のように礼拝堂の空気を切り裂いた。「申し訳ありません、父上。循環器科から緊急の連絡がありました。検査結果が出まして――心臓に問題が見つかったそうです。至急お越しいただきたいとのことです」

ヴィンセントの顔から血の気が引いた。「なんだと? どんな問題だ?」

「詳細は言いませんでした」エイドリアンの表情は完全に無だった。「ですが、一刻を争うと言っています」

一瞬、ヴィンセントは拒否しようとしたように見えた。繋いだ指が痛いほど強く握りしめられる。だが、恐怖が勝った――彼の場合、いつだってそうだ。

「分かった」彼は私の手を離した。「式は後で済ませる。どこへも行くなよ、アイリス」

看護師たちが彼を連れて出て行く。立会人たちも散り散りになった。数分もしないうちに、礼拝堂には私とエイドリアンだけが残された。

「心臓に問題なんて、ないんでしょう?」私は静かに尋ねた。

エイドリアンはカフスを直した。「まだな」

その言葉を理解するより早く、彼の携帯が鳴った――今度は本物だ。電話に出た彼の表情から感情が消える。

「分かった。すぐ行く」電話を切った彼の目に、初めて本物の衝撃が浮かんでいた。「検査中に倒れたそうだ。心臓発作――今度は本当らしい」

ヴィンセントは数時間は目を覚まさないだろうと医師に言われた。あるいは、もっと長く。未完の誓いの言葉が、呪いのように私たちの上に漂っていた。

私は一人で本邸に戻った。まだウェディングドレスを着たままだ。法的には、私はまだルッソ夫人ではない。儀式は完了しなかった。

せめてもの救いだ。

部屋で虚空を見つめて立っていると、ドアが開いた。エイドリアンが入り口を塞ぐように立っている。ジャケットを脱ぎ捨て、ネクタイを緩めた彼の姿は、歩く「罪」そのもののようだった。

「病院にいなくていいの?」私の声は、思ったよりも小さく響いた。

「親父は意識不明だ」エイドリアンは中に入り、カチリと音を立てて鍵をかけた。「つまり、ここに来た目的を果たせるってことだ」

心臓が跳ねた。「目的って?」

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