第1章

病院の廊下のベンチに腰掛け、私はその診断報告書を固く握りしめていた。

「中期胃癌です。ですが、積極的に治療すれば、まだ五年は生存期間が見込めるでしょう」

医師の言葉がまだ耳の奥で響いている。彼が最大限に言葉を選んでくれたのは分かっていたが、事実は事実だ。

五年。

その数字が、頭の中で何度も反響する。

自分は七、八十歳まで生きて、東野十川と一緒に年を取っていくのだとばかり思っていた。なのに、今となってはたったの五年しか残されていない。

いつもの癖でスマートフォンを取り出し、東野十川に電話してこのことを伝えようとした。指は彼の番号の上をさまよったが、なかなか押すことができない。

今回、体調を崩して検査を受けたというのに。

彼は病院に付き添いすら来なかった。

三ヶ月前、私は三時間も並んでやっと手に入れた新作のケーキを提げ、逸る気持ちで家に帰った。

ドアを開けた瞬間、私の世界は崩壊した。

リビングで、東野十川が温水始子をきつく抱きしめていた。二人の唇は重なり合い、長い口づけに夢中になっている。

ケーキが手から滑り落ち、鈍い音を立てた。

それでようやく、二人は夢から覚めたように離れた。

「宮子、これは、説明できるんだ……」

東野十川は慌てて襟元を直す。

私は歩み寄り、ためらうことなく彼に平手打ちを食らわせた。

「クズ!」

温水始子が叫びながら私を突き飛ばし、私は勢いよく床に倒れ込んだ。

「あなたに彼を殴る権利なんてあるわけ?」

不思議なことに、私は少しも驚かなかった。

ある意味、この日が来ることをとっくに予期していたからだ。

温水始子はいつも私の周りにある全てを奪っていく。小さい頃からずっとそうだった。

彼女は私の異母姉で、四つ年上だ。

その後、彼女の母親が亡くなり、父は私の母と結婚して私を産んだ。

彼女は生まれた時に先天性の心臓病だと診断されたため、それ以来、家の全ての愛情とリソースは彼女一人に注がれた。私の実の母親でさえ、彼女には格別に優しかった。

彼女は明るく、情熱的で、活発。それに加えてこの先天性心臓病だ。皆の目には、可愛らしくて、人懐っこくて、そしてどこか不憫な、まさに小さな太陽のように映っていた。

一方の私は、彼女の対極——無口で、言葉少なで、まるで影のように存在感がない。

誰もが内心で私達を比べ、私を特に好ましくないと思っているほどだった。

物心ついた時から、私は誰にも気づかれずに生きる術を学んだ。

高校卒業後、私は名門大学に合格し、大企業に就職して東野十川と出会った。彼が、初めて本当の意味で私に目を向け、気にかけてくれた人だった。私達は六年間愛し合い、結婚するはずだった。

両親が相次いで亡くなった後、二十歳だった私は温水始子の面倒を見る責任を引き継いだ。

彼女はすぐに私の生活圏に溶け込み、皆の人気者になった。

東野十川も含めて。

彼が初めて温水始子に会ったその日から、私は不安を感じていた。

彼の眼差しが変わったのだ。私には無視できない、ある種の熱っぽさを帯びて。

それでも私は彼を信じることを選んだ。私達の十年という関係を信じた。


「あれはただの事故だ、宮子」

東野十川は視線を揺らがせる。

「俺が愛してるのはお前だって分かってるだろ」

「じゃあ、どうして彼女があなたの腕の中にいたの?」

私は静かに尋ねた。

「どうしてあんなことになったのか、俺にも分からないんだ」

彼は額を揉む。

「多分……彼女には、お前が本来持っているはずの活力があるから、かな。お前は強情で、よそよそしすぎる。俺はいつも、自分が必要とされていないように感じてた」

私は冷たく笑った。

「じゃあ、私のせいだとでも言うの?」

「そういう意味じゃない」

彼はため息をつく。

「始子のことは大目に見てやれないか? あいつは心臓が悪いんだ。気遣いが必要なんだよ」

彼のスマートフォンが鳴った。画面には温水始子の名前が表示されている。

東野十川は私を一瞥し、電話に出ると小声で何かを話し、そして立ち上がった。

「会社で急用ができた。もう行かないと。お前は……ゆっくり休め」

彼は、私の検査結果がどうだったかなんて聞きもしなかった。


それからの数日間、友人や同僚たちが次々と私の元を訪れた。

奇妙なことに、彼らは皆、私に温水始子を許すよう説得してくるのだ。

「始子ちゃんもすごく辛そうだったよ」

親友の野原リリが私の手を握って言う。

「一晩中泣いてたんだって。あの子、体が弱いんだから、誰かが面倒を見てあげないと。あなただけが頼れる家族なんだから」

私は苦笑しながら窓の外を眺めた。この六年間、ずっと温水始子の面倒を見てきた。彼女の望みを一つ残らず叶え、わがままを毎回許してきた。そして今、彼女は私の婚約者を奪ったというのに、皆が彼女の味方をする。

「最近、また心臓の調子が悪いみたい」

野原リリは続ける。

「お医者様が、静かな環境と精神的な安定が必要だって。だから、今回だけは許してあげて」

私は答えず、ただ黙ってベッドサイドの物を片付けた。

どうせもう、こんな会話には慣れていた。温水始子の輝きの下で、自分の苦痛を隠すことには。


家に帰ると、中から楽しげな笑い声が聞こえてきた。ドアを開けると、リビングには風船やリボンが飾られ、東野十川と友人たちが温水始子の三十歳の誕生日を祝っていた。

私に気づくと、場の空気は一瞬で気まずくなった。

「宮子」

東野十川が歩み寄ってくる。その言葉遣いは気遣っているようで、ひどく軽薄だった。

「なんで迎えに来いって連絡くれなかったんだ? 顔色が悪いぞ」

私は答えず、ただ黙ってそこに立っていた。かつては私の空間だったこの場所が、今ではまるで知らない場所のような雰囲気に満ちている。

「宮子」

野原リリが私の手を引く。

「始子ちゃんに誕生日プレゼント渡すって言ってたじゃない。みんな待ってるよ」

私はバッグから精巧な箱を取り出し、温水始子に手渡した。

彼女はそれを受け取ったが、その手から「うっかり」滑り落ちた。

「ごめんなさい」

彼女は胸を押さえ、心臓が苦しいという素振りを見せる。

「最近、手に力がうまく入らなくて……」

「宮子!」

東野十川が私を責めるように見た。

「姉さんの体調が悪いのに、どうしてお前がしっかり持っててやらないんだ」

周りの友人たちも、私が姉の病状を思いやらないと口々に非難し始めた。

私はその光景を冷ややかに見つめ、ただただ馬鹿馬鹿しくて奇妙だと感じた。

明らかに彼女の問題なのに、どうして皆が私を責めるのだろう。

私はまるで部外者のように彼らを見ていた。

「これから先も、仲良くやっていかないと」

東野十川が私に小声で言う。

「あいつは体が弱いんだ。お前の世話が必要なんだぞ」

彼が伸ばしてきた手を、私は避けた。

私の声は大きくなかったが、部屋全体を一瞬で静まり返らせた。

「私、引っ越すから。もう温水始子とは一緒に住まない」

皆が驚愕して私を見つめる。温水始子の顔は真っ青になった。

「荷物をまとめるために帰ってきたの」

私は続けた。

「私、病気なの。この家を売って治療費にするつもり」

東野十川が一歩前に出て何かを説明しようとしたが、私は手で彼を制した。

「もう私に話しかけないで。少なくとも今の私は、価値のない人間に一分一秒たりとも無駄にしたくないから」

そう言い放つと、私は寝室に向かって歩き出し、荷造りを始めた。

背後には、死のような静寂が広がっていた。

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