第2章

「クソッ、どういうことだよ?」

木村青の怒声が響き、そのアイドルらしからぬ歪んだ顔が、ライブ配信の画面に大写しになった。その醜態は、画面の向こうの数千万の視聴者に、余すところなく晒されていた。

その瞬間、番組『無人島十日十夜』の視聴者数はリアルタイムで一千万を突破し、あらゆる配信サイトの人気ランキングを瞬く間に席巻した。

誰も知らなかったのだ。この番組の本当の姿を。テレビ局が島中に仕掛けた無数の隠しカメラを使い、スタッフ不在という極限状況で、芸能人たちの十日十夜を赤裸々に記録するなどという、悪魔的な目論見を。

その企画は徹底した秘密主義のもと進められ、出演者たちの所属事務所さえ、何も知らされていなかった。

『吉田唯のタバコの持ち方、完全に常習者なんよ。国民の妹(笑)完全崩壊』

『木村青の口の悪さ、歌より流暢で草』

『てか吉川奏、こんなに冷静なんか。前のバラエティでガチガチに緊張してたのと別人すぎん?』

コメント欄は、滝のように流れる弾幕で埋め尽くされていく。視聴者たちは、憧れの芸能人たちの剥き出しになった素顔に驚愕し、同時に背徳的な興奮を覚えていた。

そんな喧騒をよそに、私はすでに夜を越すための場所を探し始めていた。

ブーツからスイスアーミーナイフを抜き放つと、手頃な倒木を見つけ、その腐りかけた芯を器用に削り出していく。

「何やってんのよ」

吉田唯が、侮蔑の色を隠そうともせずに見下ろしてきた。綺麗に結われたツインテールが、まるでMVのワンシーンのように揺れるが、その声色には「国民の妹」の甘ったるさなど微塵もなかった。

「寝床作り」

私は手元から目を離さずに答える。

「この木の洞なら、シェルターの入り口にできる」

「へぇ……。手伝おうか、奏ちゃん?」

下卑た笑みを浮かべ、木村青がねっとりと絡みつくように近づいてきた。

「必要ない」

私は一言のもとに切り捨てる。

「相変わらずツンとしてるよな」

木村はぐっと声を潜めた。

「一年前の握手会で、ちょっと肩に触っただけだろ? 田舎モンはいちいち大げさなんだよ」

私が振り下ろしたナイフが、乾いた音を立てて幹を割り、その鋭い切っ先が、偶然にも木村の喉元を向いていた。彼はごくりと喉を鳴らし、それ以上何も言えず、ばつが悪そうにその場を離れた。

その瞬間、ライブ配信の弾幕が爆発した。

『去年の炎上騒動、やっぱセクハラが原因だったんじゃん!!』

『青くんファンのみんな、息してる? 事務所、早く火消ししないとヤバいぞ!』

『週刊誌が「吉川奏が生意気だから木村青を干した」って書いてたのアレ嘘かよ! 拒絶された腹いせじゃねえか!』

『いや、絶対隠しカメラの音声が悪いだけだって! 悪意のある編集に決まってる!』

『待って、それより吉川奏のナイフ捌き、サバイバル系配信者の「嵐風」にそっくりじゃない?』

『マジだ! 動きが完全に一致してる!』

夜の帳が下りる頃、私は木の洞に乾いたアカマツの樹皮をふかふかに敷き詰め、森の匂いがする寝床を整えていた。ふと顔を上げると、少し離れた岩の上で、乙川純が蔓を巧みに編み上げ、簡易的な屋根を作っているのが見えた。

「その場所じゃ、長くは持ちませんよ」

私は思わず声をかけていた。

「この時期の島はスコールが多い。あなたの寝床は、すぐに水浸しになります」

乙川は私を一瞥したが、何も答えずに手元の作業を続けた。

真夜中。ざあざあと降り始めた激しい雨音に、私は浅い眠りから目を覚ます。

木の洞の隙間から外を覗くと、案の定、乙川がびしょ濡れになったシェルターから降り、近くの木の下で雨宿りをしていた。叩きつける雨は、彼の着ていた高級そうなアウターを容赦なく濡らしていく。

その姿に、ふと一年前の記憶が蘇った。日本映画アカデミー賞の授賞式。ひどい花粉症で楽屋の隅で苦しんでいた私に、何も言わずにそっと自分のジャケットをかけてくれたのが、乙川だった。

あの時の温もりが、不意に胸の奥に蘇る。

「……入りますか」

雨に打たれる広い背中に、私は声をかけた。

乙川は一瞬ためらった後、静かにこちらへ歩み寄ってきた。

一人には十分な広さだった木の洞も、大柄な男が一人増えたことで急に手狭になる。私たちは、互いの体温が伝わるほど、ぴったりと身を寄せ合うしかなかった。

ライブ配信の画面は、その一幕を捉えた無数の弾幕で、もはや元の映像が見えないほど白く染まっていた。

『てぇてぇ……』

『この二人、推せる!』

『実力派俳優とガチサバイバー女子とか、少女漫画の王道かよ!』

『あああああ、尊死! あんたらが推さないなら私が推す!』

『うっせえな。どうせヤラセだろ』

『ケンカすんなって。黙って見とけ』

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