第3章

「カプ厨きっしょ。この二人、会ったばっかだろ?」

「うちの純くんに近づくな! 売名目的のクソ女が!」

「奏ちゃんがいなかったら、あんたらの推し様は凍えてたんだけど? 乙川ファンってマジで民度低いな」

「木村くんの出番まだ? はやく青くん映して!」

コメント欄は賛否両論で荒れに荒れ、番組の同時接続数は鰻登りに増え続けていく。『無人島十日十夜』は社会現象と化し、巨大匿名掲示板やSNSでは、芸能人たちの素顔を巡るスレッドが乱立し、大炎上していた。

「これ、全部ヤラセでしょ。ソースもないのにネットで憶測垂れ流すのやめなよ」

「誰が信じるかよ。吉田唯の手慣れたタバコの吸い方も、吉川奏のプロ並みのナイフ捌きも、全部ガチだろ!」

木の洞の中、私は落ち着かない一夜を過ごした。背中合わせの向こうから、じわりと伝わる乙川純の体温に、心臓がうるさいほど鳴っていたが、不思議と安らぎも感じていた。

空が白み始めた頃、私はそっと身を起こし、来た道を引き返して、最初にヘリを降りた砂浜へと向かう準備を始めた。

乙川はとっくに目を覚ましていたらしく、何も言わずに私の後をついてくる。会話こそないものの、そこには奇妙な連帯感が芽生えていた。

三十分ほど歩いただろうか。ようやく見覚えのある砂浜へとたどり着いた。しかし、見渡す限り人影はなく、スタッフや機材がそこにあった痕跡すらなかった。

「……本当に誰もいないわね」

私は低く呟いた。

乙川が、険しい表情で周囲を見回す。

「昨夜の豪雨は尋常じゃなかった。機材を守るために、一時的に撤収したのかもしれません」

私たちは海岸線に沿って捜索を続けた。やがて、波打ち際で、風に飛ばされぬよう石で重しをされた一枚のメモを見つけた。

『豪雨による機材の深刻な損壊、及びスタッフ複数名に高熱症状が確認され、感染症の疑いが生じたため、制作班は緊急撤収しました。現在、関係各所に連絡を取り、救助隊を要請中です。――『無人島十日十夜』制作班』

乙川はメモを受け取ると、その事務的な文面にじっと目を落とした。

「どうやら我々は……見捨てられたようですね」

私は無言で頷き、乙川を連れて再び島の奥深く、鬱蒼としたジャングルへと足を踏み入れた。この島は無人だが、豊かな植生が広がっている。生き抜くための食料は、きっと見つかるはずだ。

しばらく進んだところで、私は地面にしゃがみ込み、ワラビの根をいくつか掘り起こす。スイスアーミーナイフで泥を落とし、食べやすい大きさに切って乙川に差し出した。

「山菜です。デンプンが豊富だから、エネルギーになります。子供の頃、北海道でよく食べました」

乙川はワラビの根を受け取り、少し戸惑ったように私を見た。

「君は、どうしてそんなにサバイバルに詳しいんですか?」

「ネットのドキュメンタリーで、少し」

とっさに嘘をついた。『嵐風』としての過去を、今ここで明かす気はなかった。

すると、乙川はふっと口元を緩めた。

「もし毒だったら、責任とって、俺の墓に毎年花でも供えてくださいよ」

心臓が、どくんと大きく跳ねた。

……さすがは、百戦錬磨の映画俳優。

こんな極限状況でさえ、人を惹きつけるセリフを、こうもさらりと言ってのけるなんて。

陽が傾き始めた午後、私たちは雨風をしのげそうな広々とした洞窟を見つけた。だが驚いたことに、そこにはすでに先客がいた。木村青と田中安だ。

二人は火起こしを試みていたようだが、湿った木ではどうにもならないらしく、燻る煙を前に途方に暮れていた。

「あ、吉川さん、乙川さん!」

田中が私たちを見つけ、ぱっと顔を輝かせた。

「この洞窟、すごく広いんです。よかったら一緒に使いましょう。みんなで力を合わせれば、きっと……」

私は頷き、道中で採ってきた木の実を田中に手渡したが、木村のことは意図的に無視した。

洞窟の隅では、吉田唯が腕を組み、心底うんざりした顔でこちらを睨んでいる。

「こんなもの、うちの犬だって食べないわよ」

彼女は軽蔑するように唇を歪めた。

「どうせすぐに事務所のヘリが迎えに来るんだから」

夜の帳が下り、洞窟内の空気はますます張り詰めていく。木村はもう一時間以上も、火起こし器を必死にこすり続けていたが、手のひらにマメができただけで、一向に火種は生まれなかった。

「クソッ! なんなんだよ、この島は!」

彼が苛立ち紛れに木片を投げ捨てた、その時だった。

乙川が、あつらえたスーツの内ポケットから、銀色のジッポライターを静かに取り出した。カチリ、と小気味よい音を立てると、その先端に美しい炎が揺らめいた。

木村の顔が、みるみるうちに怒りで真っ赤に染まっていく。

「てめぇ……! そんなモン持ってんなら、さっさと言えや、クソが!」

乙川は燃え盛る炎を見つめたまま、彼に冷ややかな一瞥をくれる。

「君は訊かなかった」

そして、静かに付け加えた。

「それに、たとえ訊かれたとしても、君に教えるつもりはありませんでしたよ」

その完璧な切り返しに、私は思わず噴き出してしまった。

配信画面のコメント欄が、再び凄まじい勢いで流れ始める。

『乙川純、かっこよすぎだろ……! これが本物の映画俳優のオーラか!』

『このカプ、マジで推せる! 今のやり取り、糖度高すぎ!』

『吉田唯、マジでうぜえな。腹鳴ってるくせに強がんなよ』

『木村青、完全にただのガキじゃん。ジャニーズってこの程度なの?』

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