第2章
原野杏梨視点
数秒間、部屋は静まり返り、聞こえるのは岸に打ち寄せる波の音だけだった。
恭介がゆっくりと顔を上げた。その琥珀色の瞳には、様々な感情が入り混じって揺らめいていた。「あんたはどうなんだ? 結婚してるんだろ?」
心臓が跳ねた。
しまった、昨日彼に何を言ったか、すっかり忘れるところだった。
「結婚はしてるわ」私は声を平静に保って言った。「でも、夫は仕事でいつも海外。私たちは、まあ、別居状態みたいなものよ」
恭介は眉をひそめた。「別居状態?」
「ええ」私はさらに嘘を重ねた。「彼には彼の人生があって、私には私の人生がある。それで、私の……そういう欲求は……」私は恭介の顔が赤く染まっていくのを見ながら、言葉を止めた。「あなたに満たしてもらわないと」
恭介の呼吸が速くなる。その眼差しには、驚きと興奮、そして私には名付けようのない飢えたような何かが、荒々しく混じり合っていた。
「あんたの結婚……あんまりうまくいってねえみたいだな」彼が呟いた。
私は黙っていた。
彼の言う通りだったから。
その夜遅く、恭介はシャワーを浴びると言った。私が主寝室で今日のファイルを整理していると、浴室から水音が聞こえてきた。
二十分後、水の音が止んだ。
浴室にタオルがないことに気づいた――新しいものはまだクローゼットの中だ。「良きパトロン」として、「愛人」の面倒を見るべきだろう。
新しいタオルを一枚掴み、私は浴室のドアに向かった。
「恭介、タオル持ってきたわよ」私は軽くノックしながら声をかけた。返事はない。
聞こえなかったのかもしれない。
ドアを押し開けて、私は凍りついた。
恭介は私に背を向け、鏡に向かって立っていた。彫刻のような背中には水滴がつき、浴室の暖かい光の下で筋肉が艶めかしく輝いている。明らかに私が来るとは思っていなかったのだろう、彼は純粋な驚きの表情で、さっと振り返った。
「佐江杏梨! な、何を――」
私の視線は無意識に下がり、すぐにまた上に戻った。頬が熱くなるのを感じる。
「あ……タオル」私はそれを掲げ、無理やり彼の顔に視線を固定した。「要るかと思って」
恭介は慌てて体を隠し、顔をトマトのように真っ赤にした。「勝手に入ってくんなよ! ノックぐらいしろ!」
「ノックはしたわ」私は胸のときめきを抑え、軽い口調を保って言った。「それに、あなたは私の『投資』対象なの。自分の『資産』をチェックする権利くらい、私にはあるわ」
恭介の顔はさらに赤くなり、その瞳は苛立ちに揺れた。「あんた……それはやりすぎだ!」
「やりすぎ?」私は片眉を上げた。「恭介、一つはっきりさせておきましょう。あなたは私の家に住み、私のお金を使っている。私はただ、その価値があるかどうか確かめているだけよ」
「俺は商品じゃねえ!」彼の声は怒りに震えていた。
「そうじゃないのかしら?」私は一歩近づき、彼の狼狽した様子を楽しんだ。「じゃあ教えて。今の私たちって、何?」
恭介は口を開いたが、言葉を見つけられなかった。
私は背を向けてその場を去ろうとした。「不快なら、出て行ってもいいのよ。この条件に飛びつく人間なんて、他にいくらでもいるわ」
私がドアに手をかけた、まさにその時。濡れた手に手首を掴まれた。
振り返ると、恭介が今までに見たことのない炎をその目に宿して、私を見ていた。
「いいだろう」彼は歯を食いしばりながら唸った。「俺も、そろそろ『お代』を稼ぐとするか」
私が反応するより早く、彼は私を腕の中に引き寄せた。
彼の体から伝わる温かい水滴が私の服に染み込み、湯気の立つ浴室の空気が、もやのかかった、張り詰めた緊張感で私たちを包み込んだ。
「恭介……」私の声が揺れた。
彼は激しくキスをしてきた。唇が押し潰され、獰猛な勢いで舌が侵入してくる。私の舌に絡みつき、すべてを奪い尽くすかのように。
「きょう、すけ……っ」私は喘ぎ、わずかに彼を押し返した。「本気なの?」
彼の瞳の炎は、さらに熱を増した。彼は私のシャツを引き裂き、ボタンが飛び散り、白い胸が露わになる。身を屈めると、片方の乳首を口に含み、歯で軽く食み、舌を這わせた。「あんたが俺を投資って言ったんだ、杏梨。証明してやるよ」
「あっ――」私は喘ぎ、体が無意識に反り返った。彼の手は私の腰に滑り、ズボンを引き下げる。その指が、すでに欲求に濡れていた私の中心を見つけ出した。
「ほら、すげえ濡れてんな」彼が唸り、指先が入り口をなぞってから、一本が中に滑り込んだ。指が動き、さらに奥から蜜を引き出していく。
私は彼の肩を掴み、爪を食い込ませた。「恭介、この馬鹿……早くして」息を切らしながらの要求は、私のむき出しの欲望を裏切っていた。
彼の勃起したものが、熱く、太く、私の腹に押し付けられる。私はそれを手で包み込み、扱き、脈打つのを感じた。「こんなに大きくて……どうやって証明するつもり?」
荒い息遣いのまま、彼は私を浴室の壁に押し付け、片足を上げた。彼の先端が私の入り口を探り当て、ゆっくりと押し込まれる。「くそっ、杏梨……きつすぎるだろ、吸い込まれるみてえだ」彼は歯を食いしばりながら、少しずつ奥へと進み、完全に私を満たした。
「恭介……奥まで……っ」私は叫び、腕を彼の首に回し、脚を彼の腰に絡めた。彼は最初はゆっくりと、探るように、そして次第に激しく腰を突き始めた。その一突き一突きが、私の中心を抉る。
「名前を呼べ、杏梨」彼は要求した。片手で私の胸を揉みしだき、もう片方の手で私の尻を掴み、さらに速く突き上げる。「俺が必要だって言え」
「恭介……あなたが必要……もっと、激しく!」私は喘ぎ、体を駆け巡る快感の波に溺れた。
彼は唸り声を上げ、速度を上げた。「あんたは、あまりにも……そそりすぎる」最後の一突きと共に、彼は震えながら私の内側で果てた。熱く、圧倒的な量だった。
私の絶頂が訪れ、子宮が彼を締め付ける。浴室に絶叫が響き渡った。
許さない、原野恭介。記憶がなくても、あなたはまだ私の心をかき乱す術を知っているなんて。
その後、私たちはベッドに倒れ込んだ。まだ互いの体を絡め合ったまま、恭介の呼吸は乱れていた。
私の心は、三年前のあの雨の夜へと遡っていた。
あの夜、私は元彼と別れたばかりだった。
バーで、私はテキーラを次から次へと呷り、涙とアルコールが頬の上で混じり合っていた。
「佐江さん? ここで何してるんだ?」
心配そうな顔で原野恭介が現れた。当時、彼はまだ私のライバルだった――競技場で四年も戦ってきたが、二人きりで過ごすことなど滅多になかった。
「邪魔だ、どけよ」私は酔っぱらって手を振った。「今夜は知ってる顔なんて見たくないの」
「飲みすぎだ」彼は眉をひそめた。「家まで送る」
「家?」私は乾いた笑いを漏らした。「どの家よ? 初恋の人に振られたばかりなの。キャリアのために海外に行くって、遠距離は無理だって。どのクソみたいな家に帰れって言うの?」
恭介は黙り込み、それから私の隣に座って、バーテンダーにウイスキーを二つ注文した。
その夜……私たちは二人とも酔いつぶれた。
朦朧とする意識の中、私たちは彼のマンションに辿り着いていた。アルコールですべてがぼやけていたけれど、彼の優しさは覚えていた。私の涙をそっとキスで拭ってくれたこと、何度も私の名前を囁いてくれたことを、覚えていた。
二ヶ月後、妊娠検査薬に赤い線が二本浮かび上がった。
私の手は震えながら、恭介の番号をダイヤルした。
「佐江杏梨? どうしたんだ?」彼の声には緊張が走っていた。
「妊娠したの」
回線が切れたかと思うほど、長い沈黙が続いた。
「原野恭介?」
「結婚しよう」彼の声は静かだったが、確固としていた。「赤ちゃんには、ちゃんとした家庭が必要だ」
「原野恭介、義務感でそんなことしなくていいのよ……」
「これはただの義務感じゃない、佐江杏梨」彼は遮った。「もしかしたら、これは運命が俺たちにくれたチャンスなのかもしれない」
結婚式は質素で、両家の両親だけが出席した。私はシンプルな白いドレスを着て、お腹はまだ目立っていなかった。
恭介は終始緊張していて、指輪を落としそうになった。
「君と赤ちゃんは、俺が守る」彼は私の耳元で囁いた。「約束する」
三ヶ月後、チーム紹介ビデオの撮影中に、私は突然出血した。
病院に着いた時には、もう手遅れだった。
病院のベッドで横たわる私。恭介は私の手を握り、その目には今まで見たことのない痛みが浮かんでいた。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」私は何度も謝りながら泣いた。
「君のせいじゃない」恭介の声は嗄れていた。「赤ちゃんは失ったけど、俺は杏梨と結婚したことを後悔してない。俺たちの結婚が、ただの事故じゃなかったって証明する時間をくれ」
それから、恭介は驚くほど気遣ってくれるようになった。私の好きな朝食の作り方を覚え、私の周期を記憶し、私が残業する時には黙って夜食を用意してくれた。
次第に、私はこの男に心から惹かれていく自分に気づいた。
義務感じゃなく、罪悪感からでもなく、彼の優しさ、彼の粘り強さ、彼の文句ひとつ言わない献身さのせいで。





