第1章
中古のスーツケースを引きずりながら、三階まで階段を上っていく。わざと、これでもかというくらい大きな音を立てて。壊れたキャスターは厄介だけど、これこそが私が狙っていた効果だった。
「312号室」と呟き、部屋番号を見つける。深呼吸。綾瀬楓、ここからが本番よ。
ドアを押し開けると、赤毛の女の子が部屋の片付けをしていた。高級百貨店のディスプレイ以外では見たこともないような、見事なブランドバッグのコレクションだ。グッチ、プラダ、LV――彼女の陣地には、それらが完璧に並べられている。
「わっ、あなたが私のルームメイトね!」
彼女は完璧な笑顔と非の打ちどころのないメイクで飛び上がった。
「私、黒木志乃。N市から来たの」
黒木、ね。まるで恋愛小説から出てきたみたいな名前。それに、あのグッチのバッグのロゴ、絶対歪んでる。
「綾瀬楓です」私は少し緊張した声色を装って言った。「でも、みんなからは楓って呼ばれてます。A市出身です」
「A市なんだ!嬉しいな。地元の子って大好きよ」
黒木志乃の視線が、私の持つ小売店の紙袋と、くたびれたスーツケースの上を滑った。
「もしかして、奨学金?」
私が頷くと、とびきり内気な表情を作ってみせた。
「全額免除の。スポーツと学業で」
「すごい!夢のために頑張る女の子って、本当に尊敬しちゃう」
口調は甘いけれど、その瞳の奥にある何かが私の警戒心を煽った。
来た。これで私は『貧乏なルームメイト』認定ってわけね。完璧。
その日の夕方、黒木志乃がマスカラを三度目に塗り重ねながら尋ねてきた。
「それで、何のスポーツで奨学金もらったの?」
「チアリーディングよ。明日、選考会があるの」
黒木志乃のブラシが空中で止まった。
「本当?私もよ」
でしょうね。それで社交界への切符を手に入れるつもりかしら?
「すごい偶然!よかったら一緒に練習しない?」
私は声を弾ませて言った。
「実はね」
黒木志乃は鏡に向き直った。
「忠告しとくけど、競争は本当に激しいのよ。森田コーチはトップ中のトップしか採らないし。それに私のトレーニング経歴を考えたら……」
彼女は「残念だけど、仕方ないでしょ」とでも言うように肩をすくめた。
「どんなトレーニング?」
「五歳の頃から個人コーチについてるの。体操、ダンス、それに有名なチアリーダーたちとのプロのトレーニングもね」
彼女は自分の爪を眺めた。
「パパにコネがあるのよ、わかるでしょ?」
有名なチアリーダー、ね。お父さんがチームのオーナーだから、その子たち全員知ってるけど。誰も黒木志乃なんて名前、聞いたことないわ。
「わあ、すごそう」
私は偽りの賞賛を目に輝かせながら言った。
「私は動画で覚えただけだから」
黒木志乃は哀れむような笑みを浮かべた。
「それじゃあ、明日頑張ってね、楓ちゃん」
翌朝、体育館は水筒を握りしめた運動着姿の女子でごった返していた。森田コーチがクリップボードを手に中央に立ち、その視線だけで人を殺せそうな雰囲気を漂わせている。
「皆さん!華浜大学チアリーディング部選考会へようこそ。志願者二百名に対し、合格枠は二十。厳しいってことよ」
私はわざと緊張して場違いな様子を装い、後ろの方に場所を取った。黒木志乃は最前列に陣取り、まるで自分がキャプテンであるかのように他の女子たちと談笑している。
「最初の課題は基本的なタンブリングの連続技だ。サイドエアリアル、バックハンドスプリング、そしてレイアウト」
五歳の頃からやっている動きだ。でも今の私は、『動画仕込み』の綾瀬楓。
一人ずつ順番に技を披露していく。上手な子もいれば、まあ……そうでもない子もいる。黒木志乃の番が来ると、彼女は自信に満ちた笑みで中央へ歩み出た。彼女のパフォーマンスは、まあまあ、といったところ――技術的には正しいが、パワーと優雅さに欠けていた。レイアウトで着地を乱しかけたが、うまくごまかした。
だが、彼女は私が予期しない行動に出た。
私が自分の番で中央に向かって歩き出したとき、彼女は「偶然を装って」水筒を私の進路にまっすぐ蹴り出したのだ。
「きゃっ、ごめんなさい、綾瀬楓!大丈夫!?」
彼女はわざと大きな声で叫び、全員の注目を引いた。
床に転がった水筒を見て、それから彼女の目を見る。これは事故なんかじゃない。
いいでしょう、黒木志乃。ゲームがしたいって言うなら、受けて立つわ。
水筒をどける代わりに、私は数歩後ろに下がり、助走をつけてその直前で宙に舞った。水筒を飛び越える完璧なサイドエアリアル、続く力強いバックハンドスプリング、そして床に接着されたかのように着地を決める高難易度のダブルレイアウトで締めくくる。
体育館は静まり返った。
「見事ね」
森田コーチがクリップボードに何かを書き込みながら言った。
「名前は?」
「綾瀬楓です」
「どこでトレーニングを?」
黒木志乃が私を睨みつけているのを感じる。「独学です。動画と、たくさんの練習で」
森田コーチは片眉を上げた。
「動画?」
「はい。プロのトレーニングを受ける余裕はありませんでしたけど、どうしてもここに入りたかったので」
厳密に言えば嘘ではない。動画は見ていた。もっとも、それは他チームのルーティンを研究して戦力分析するためだったけれど。
「そう、綾瀬さん。インターネットの力を侮ってはいけないと、肝に銘じておくわ」
数人の女子が笑った。ちらりと黒木志乃を見ると――彼女の顔は髪と同じくらい真っ赤になっていた。
二週間後、私は華浜大学のチアリーディング部のユニフォームを着て、サイドラインに立っていた。もちろん、他の十九人の女子と一緒に合格したのだ。黒木志乃も合格はしたが、明らかに選考会のことを根に持っている。
スタジアムは昼間のように明るい照明の下、スタンドの最上段まで観客で埋め尽くされている。
「みんな、フォーメーションを忘れないで!」
森田コーチが私たちの耳元で叫ぶ。
「初戦よ――しくじるんじゃないわよ!」
その時、彼が目に入った。
背番号十二番が、フィールドに向かって歩いてくる。ヘルメットをかぶっていても、あの歩き方はどこにいてもわかる。
風間明。私の……まあ、複雑な関係の相手だ。
十年。この実験が終わるまで、お互いを知らないふりをする、そう約束した。でも、あのジャージを着て、チームを率いる準備をしている彼を見ると……自分がただの『普通』のチアリーダーであるべきことを忘れそうになる。
試合が始まった。風間明はフィールドを、まるで一頭の黒豹のように駆け抜ける。最初のパス――四十五ヤード、タッチダウン。観客は熱狂の渦に巻き込まれた。
「すごい……」
隣にいた水野咲良が言った。
「彼、信じられないくらいすごい」
「うん」
私はさりげなく聞こえるように言った。
「なかなかやるわね」
黒木志乃が突然私たちの隣に現れた。
「なかなか?彼は完璧よ。あの腕見た?あの肩?」
彼女の瞳には、私が好ましく思わない光が宿っていた。
「私、あの人と付き合いたいわ」
あの子だけには、絶対に渡さない。
華浜大学が三十五対十四で勝利した後、キャンパス全体がお祝いムードに包まれ、一番大きなパーティーが、アメフト部御用達のダイニングバーを貸し切って開かれていた。水野咲良と私が中に入ると、音楽は耳をつんざくほどで、ビールやチューハイの空き缶、プラスチックのコップが至る所に転がっていた。
「いた!」
水野咲良が部屋の向こうを指さした。
「本日のヒーローよ!」
風間明は人々に囲まれ、まだ試合の服を着ていた。疲れているようだったが、幸せそうだった。私たちの目が合うと、彼は笑いそうになったが、寸前でこらえた。
思ったより難しい。八歳の頃から知っている相手を、知らないふりをするなんて……ほとんど残酷だ。
「私、彼にお祝いを言ってくる」
黒木志乃はそう宣言すると、すでに彼の方向へ向かっていた。
彼女が風間明に近づくのを見つめる。その歩き方はわざとらしく官能的で、肩を反らし、胸を突き出している。
「ねえ、今日のヒーローさん」
彼女は風間明に、吐き気がするほど甘い声で言った。
「今夜の試合、最高だったわ」
「ありがとう」
風間明は礼儀正しくも、どこかよそよそしく返した。
「私、黒木志乃よ」
彼女は風間明の腕にそっと触れ、そのまま指を絡ませるように滑らせた。
「チアリーディング部なの」
「はじめまして」
「あのね」
黒木志乃は一歩近づいた。
「よかったらいつか、キャンパスを案内してもらえないかしら?私、まだここに来たばかりで、誰か……強い人に……守ってもらえたら、すごく嬉しいんだけど」
虫唾が走る。
ちょうどその時、風間明の視線が黒木志乃の頭上を越え、私を捉えた。









