第3章

「置いていかれちゃったの」

彼女は嘘泣きをしながら言った。

「それに、すごく気分が悪いの。代わりに、あなたの部屋まで送ってくれないかな?寮まで歩いて帰れそうにない」

賢い手だ。寮より、彼の部屋の方がずっと近い。そして一度部屋に入ってしまえば……。

「それは、あまりいい考えじゃないと思う」

風間明が言った。

「お願い……吐きそう……」

そして、合図でもしたかのように、彼女はえづくふりをした。

「わかった、わかったよ」

風間明は言った。

「鍵を取ってくる」

でも、私の方が三手先を読んでいた。黒木志乃が酔っ払いの演技をしている間に、私は水野咲良にメッセージを送っておいたのだ。

『緊急事態。二十分後にホール847号室に来て。相沢拓也とスープもお願い』と。

相沢拓也は風間明のルームメイトで、水野咲良が今夢中になっている相手。完璧な動機付けだ。

だから、風間明が鍵を回してドアを開け、黒木志乃が彼に寄りかかりながら「ふらふらする」と囁いていたとき、二人が足を踏み入れた部屋には、コンビニで買ってきたであろう温かいスープとタオルを持って、心配そうな顔で待ち構える水野咲良と相沢拓也がいた。

「あら!」

水野咲良が飛び上がった。

「私たち、相沢君に差し入れを持ってきてただけなの。どうかしたの?」

黒木志乃の顔は、誘惑的なものから殺意に満ちたものへと変わった。

「黒木さんの具合が悪そうだったから、手伝ってただけだよ」

風間明が説明した。

「パーティーで気分が悪くなったみたいで」

「それは大変だね!」

水野咲良は心底心配したような声を出した。

「私たちがいてよかった。スープがあるよ。胃がむかむかするときにぴったりだから」

すぐに状況を察した相沢拓也が付け加える。

「ああ、それにちょうど映画でも見ようと思ってたんだ。安静にしてるにはもってこいだろ」

持つべきものは友達ね。

月曜日の練習では、緊張が肌で感じられた。黒木志乃が週末の間に他のチームメンバーに根回しをしたらしく、その効果が表れていた。

「みんな」

森田コーチが告げた。

「学園祭で大事な舞台発表があるわ。いくつかのグループに分かれて、それぞれ違う振り付けを練習してもらう」

コーチは名前を読み上げ始めた。黒木志乃のグループには、チームで一番人気のある女子が四人も含まれていた。私のグループは、水野咲良と新メンバーが二人。

「綾瀬楓」

森田コーチが呼んだ。

「あなたは高度なタンブリングの連続技を担当してもらうわ。任せられるかしら?」

「はい、コーチ」

「よろしい。もしあなたにできなかったら、黒木志乃がリーダーを引き継ぐことになるから」

黒木志乃に視線を送る。彼女は微笑んでいたが、その目は何かを計算していた。

そういう魂胆ね。私のチームでのポジションを狙ってるんだ。自分が有名なチアリーダーになれば、風間明がもっと注目してくれるとでも思っているのだろう。

練習後、私たちが帰ろうとしていると、背後から会話が聞こえてきた。

「綾瀬楓って、ちょっと頑張りすぎてるって感じしない?」

黒木志乃のグループの一人が言った。

「わかる。ていうか、パーティーでの態度見た?黒木さんのことストーカーみたいにつけ回してたし」

「超キモい。風間君に執着してるって噂だけど、彼は明らかに黒木さんに夢中だよね」

水野咲良が私の腕を掴んだ。

「気にしちゃだめ」

でも、歩き去りながら、これは単に黒木志乃が風間明の気を引こうとしているだけの問題ではないと気づいた。彼女は私の評判、チームでの立場、そして大学生活そのものを破壊しようとしているのだ。

いいでしょう、黒木志乃。汚い手で来るなら、こっちもそうさせてもらうわ。

私の思考を読んだかのように、ポケットのスマホが見知らぬ番号からのメッセージを告げて震えた。

『第二ラウンドの準備はいい?』

あたりを見回したが、風間明の姿はどこにもなかった。

―――

「みんな、これは今までで一番大きな演目よ」

森田コーチが私たちの前を行ったり来たりしながら言った。

「土曜日の朝比総合大学との試合は、スポーツチャンネルで全国に中継されるの。スポーツ新聞も注目しているわ」

チーム全体に緊張が伝わってくるのを感じた。これは自分たちの実力を証明するチャンスであり、黒木志乃にとっては彼女の言う「優れたスキル」を見せつけるチャンスでもあった。

「綾瀬楓、第三クォーターで高度なタンブリングの連続技をリードしてもらうわ」

コーチは続けた。

「プレッシャーに耐えられる?」

「はい、コーチ」

視界の隅で、黒木志乃の顎がこわばるのが見えた。

「そして黒木志乃、あなたは控え。万が一、何かあった場合のためにね」

控え。彼女はその言葉が心底嫌いなのだ。

練習が始まり、私たちは振付を三回通した。そのたびに、黒木志乃は私の着地地点の近くに「偶然」現れ、私は空中でタンブリングを調整せざるを得なかった。

「おっと、ごめん!」

彼女は毎回、あの偽りの甘い笑顔でそう言った。

四回目の通し練習で、彼女は私の進路のど真ん中に陣取った。

「黒木志乃!」

森田コーチが叫んだ。

「何をしているの?」

「そのポジションに入るべきだと思ったんです」

彼女は、無邪気な混乱を装った目で言った。

「綾瀬さんが……怪我をした場合に備えて、振付を覚えようとしているだけです」

怪我。彼女がその言葉を口にするたび、肌が粟立つような気がする。

三十分後、私たちは高難度のピラミッドの練習をしていた。黒木志乃は中段、私はベースポジションにいた。このルーティンには完璧なタイミングと絶対的な信頼が求められる。

「用意、上げて!」

コーチが叫んだ。

女子たちが一斉にポジションにつく。すべてが順調に進んでいた、その時――。

「きゃああああっ!」

黒木志乃の悲鳴が空気を切り裂いた。彼女はピラミッドから転げ落ち、マットに強く体を打ちつけた。

「なんてこと!」

水野咲良が駆け寄る。

黒木志乃は足首を抱え、泣いていた。

「折れたかも」

彼女はすすり泣いた。

「何か、ポキって音がしたの!」

森田コーチが彼女のそばに膝をついた。

「動かないで。誰かトレーナーを呼んで」

何かがおかしい。彼女が落ちた時、私は彼女の足元を見ていたが、本当に足首を怪我するような角度ではなかった。それに、彼女は後ろ向きに倒れた。それなら手首か肩を痛めるはずで、足首ではない。

「すごく痛い」

黒木志乃は弱々しい声で言い、私をまっすぐに見つめた。

「上にいた時、誰かがピラミッドにぶつかったんだと思う」

何人かの女子が私を見た。安定性に影響を与えうるベースポジションにいたのは、私だけだった。

「何も触ってない」

私は言った。

「誰も責めてないわ」

黒木志乃は素早く言った。

「事故は起こるものよ。でも、これで土曜日の演出には出られなくなっちゃった」

もちろん、そうなる。これで彼女は出られないから、全国放送のテレビで私に出し抜かれることもない。都合がいいことだ。

私たちは全員で黒木志乃に付き添い、病院へ向かった。彼女は「怖いの、知ってる顔がいてほしい」と言って、誰かに風間明を呼ぶよう頼んだ。

風間明がまだ練習着のままで駆けつけると、黒木志乃の涙はたちまち増量した。

「風間君!」

彼女は彼に手を伸ばした。

「来てくれてありがとう。すごく怖かったの」

「何があったんだ?」

彼は心から心配している様子で尋ねた。

「練習中の事故よ」

彼女は健気に言った。

「でも、大丈夫。ただ……今夜は一人でいたくないの。先生が、脳震盪の兆候がないか誰かに見ていてもらうようにって」

脳震盪?足首から落ちたのに、今度は突然頭の怪我?

「先生がそう言ったのか?」

風間明が尋ねた。

「ええと、その可能性があるって」

黒木志乃は修正した。

「どんな転倒でもあり得るって。それに、友達はまだデートから帰ってなくて……」

彼女は言葉の含みを宙に漂わせた。

「私、泊まろうか?」

水野咲良が申し出た。

「様子を見ていてあげる」

「すごく嬉しいけど、本当に……もっと力のある人が必要なの。トイレに行くのを手伝ってもらったり、何かあった時のために」

露骨な言い方だ。

風間明は居心地が悪そうにしていた。

「相沢を呼ぼうか――」

「お願い」

黒木志乃の瞳が新たな涙で満たされた。

「無理なお願いなのはわかってる。でも、本当に怖いの。夜中に何かあったらどうしようって」

黒木志乃が演技を続けている間に、私はそっとその場を離れ、担当医に話しかけた。

「すみません、青山先生?」

名札を読み上げた。

「黒木志乃のチームメイトです。彼女の怪我は、どのくらい重いのでしょうか?」

「ご家族の方ですか?」

「いえ、でも――」

「それでしたら、詳しいことはお話しできません。ただ、これだけは言っておきましょう」

彼は声を潜めた。

「見た目ほどひどくない怪我もある。そして、痛みに非常に弱い人もいる、ということです」

つまり、仮病だということね。

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