第4章
「彼女が言っていた脳震盪のリスクについてはどうなんです?」
青山先生は眉をひそめた。
「脳震盪?彼女は軽い足首の捻挫です。頭部の外傷は一切ありません」
ビンゴ。
私がみんなのところに戻ると、ちょうど黒木志乃が風間明に、なぜ自分の部屋より彼の寮の部屋のほうが「ずっと安全」なのかを説明しているところだった。
「あのさ」
私は割って入った。
「やっぱり私が彼女と一緒にいるべきだと思う。私たち、ルームメイトだし」
黒木志乃の目にいら立ちが走った。
「そんな必要は本当に――」
「いいから」
私は言った。
「それに風間明、あなた、水上コーチとの早朝ビデオミーティングがあるんじゃないの?」
「ああ、そういえば、そうだった」
彼はほっとした顔で言った。
「よかった。彼女のことは任せて」
黒木志乃、あんたがどれだけ「怪我してる」のか、きっちり確かめてやる。
部屋に戻っても、黒木志乃は演技を続けた。大げさに顔をしかめながら、びっこを引いてベッドへ向かう。
「残ってくれてありがとう、楓」
彼女は言った。
「私たち、いつも……仲が良かったわけじゃないけど」
「当然でしょ。チームメイトなんだから」
「パジャマに着替えるの手伝ってくれる?お医者さんに、足首に体重をかけちゃいけないって言われたの」
私が彼女の着替えを手伝っていると、それが普通のパジャマではなく、私のバイト代一ヶ月分が軽く吹き飛ぶような、高級なシルクのネグリジェだということにすぐに気づいた。
「楽になった?」
私は尋ねた。
「ええ、ありがとう」
彼女はため息をついた。
「風間君、明日、お見舞いに来てくれるかな?」
それだ。この芝居の本当の目的は。
「きっと、どうしてるか聞いてくると思うよ」
「やっぱり、彼にメッセージ送ろうかな」
彼女はスマホに手を伸ばし、文字を打ち始めた。私の角度から、そのメッセージが見えた。
『今夜は優しくしてくれてありがとう。気にかけてくれてるってわかって、すごく安心した💕 早く治して、心配かけないようにしなきゃ🥺』
吐き気がする。
「ちょっと水、取ってくるね」
私は言った。
「何かいる?」
「ううん、大丈夫。もう休むから」
私は部屋を出たが、遠くへは行かなかった。代わりに、角を曲がったところに隠れて待った。
三分後、黒木志乃はすっと立ち上がると、まったく普通に歩いてクローゼットへ向かい、化粧のコンパクトを取り出して身だしなみを整え始めた。
捕まえた。
翌朝、私は喫茶店で水野咲良と相沢拓也と落ち合い、緊急の朝食会を開いた。
「彼女、まったくの無傷よ」
私は二人に告げた。
「私が部屋を出たと思ってから、二十分も普通に歩き回ってるのを見たんだから」
「じゃあ、どうするの?」
水野咲良が尋ねた。
「証拠が必要だな」と相沢拓也が言った。
「彼女が嘘をついていると証明する何かが」
「もうあるわ」
私はスマホを取り出しながら言った。
「昨日の夜、彼女が歩き回ってるところを録画したの」
「綾瀬楓!」
水野咲良は驚いた顔をした。
「それって……最高だわ。」
「問題は、それをいつ使うかだな」
相沢拓也が言った。
「いつ使うかは、ちゃんとわかってる」
私は言った。
「彼女、今日も一芝居打つつもりみたい。『寝たきりだから』って、風間明にお見舞いに来てほしいってメッセージを送ってた」
私は図書館のいつもの一角で勉強している風間明を見つけた。そこは、私たちが念入りな「偶然の」出会いを重ねて作り上げた、お決まりの場所だ。
「やあ」
私はさりげなく彼の向かいに座った。
「おう。黒木志乃、どうしてる?」
「実は、そのことで話があったの」
私は身を乗り出し、声を潜めた。
「この状況、私たち、もっと……戦略的に動く必要があると思う」
彼の眉がわずかに上がった。
「戦略的?」
「メッセージ、来てるでしょ?」
「ああ、かなりひっきりなしに」
「もし……もし、そのメッセージをスクリーンショットし始めたらどう?それに、彼女がもっと本音を出すような返信をしてみるとか……?」
彼の目に理解の色が浮かんだ。
「彼女を煽れってことか?」
「彼女を泳がせて、自分で墓穴を掘らせたいの」
彼は一瞬黙り込んだ。
「それで、君はどうなんだ? 君にもメッセージは届いているのか?」
「直接は来てない。でも、これからは、ちゃんと打ち合わせして動かない?お互いがどう考えてるか、すり合わせておきたいの」
これは危険な領域だ。お互いを知らないふりをすることから、積極的に協力する段階へと移行している。しかし、黒木志乃が激化させている以上、私たちもそうするしかない。
「わかった」
彼はついに言った。
「でも、慎重にやらないと」
「同感。今夜、彼女がきっとあなたにお見舞いに来てほしいって頼んでくるはず。そしたら、返事して。でも、その前に私にメッセージを送って。彼女が何を企もうと、必ず目撃者を用意しておくから」
案の定、夕食の時間になると、黒木志乃は風間明にメッセージを送ってきた。
『今日は昨日よりずっと気分が悪いの。 もしかしたら、来てくれないかな?シャワーを浴びるのに、誰か力のある人に手伝ってもらわないと無理みたい』
シャワー?本気で?もう隠そうとすらしていない。
私はすぐに水野咲良と相沢拓也とのグループチャットにメッセージを送った。
『作戦名「偽りの捻挫」決行。ホール三階に至急集合』
そして私は待った。
風間明が到着したとき、黒木志乃は準備万端だった。また別の、今度はさらに露出の多いシルクのネグリジェに着替え、ベッドの上で巧みにポーズをとっていた。
「風間明」
彼女は息を弾ませた。
「来てくれたのね」
「気分が悪いって言ってたけど?」
「すごく悪いの。それに、シャワーを浴びたいんだけど、そんなに長く立っていられる自信がなくて」
「誰か女子に手伝ってもらったらどうだ――」
「誰もいないの」
彼女は素早く言った。
「綾瀬楓は勉強会に行ったし、水野咲良は忙しいし。ただ、誰かに……バスルームの外に座っていてもらえればいいの。万が一、倒れた時のために」
いよいよ、援軍の登場だ。
風間明が本当に同意してしまいそうになったその時、水野咲良と相沢拓也、そして他のサッカー部員二人がドアからなだれ込んできた。
「サプライズ!」
水野咲良が叫んだ。
「差し入れ、持ってきたよ!」
黒木志乃の顔は、誘惑的な表情から、記録的な速さで殺意に満ちたものに変わった。
「おっと」
相沢拓也はあたりを見回して言った。
「お邪魔だったかな?」
「全然」
私は彼らの後ろから入ってきて言った。
「黒木志乃が、今日はどれだけ気分が悪いか、風間明に話してるところだったのよ」
「え、大変!」
水野咲良が駆け寄った。
「もう一度、お医者さんを呼んだほうがいいんじゃない?」
「その必要は――」
黒木志乃が言いかけた。
「いや」
私は言った。
「呼んだほうがいいと思う。だって、彼女の症状にはいくつか矛盾があって、心配だから」
全員が私の方を向いた。
「どういう意味だ?」
風間明が尋ねた。
私はスマホを取り出した。
「ええと、例えば、昨夜は痛くてトイレにも歩いて行けないって言ってたのに、どういうわけか、クローゼットまで歩いたり、窓まで歩いたり、何度もベッドに戻ったりしてたの」
「綾瀬楓、何を言ってるんだ?」
相沢拓也が尋ねたが、その口調は私が何を言いたいのか正確にわかっているようだった。
「私が言いたいのは」
私はビデオを再生した。
「黒木志乃の怪我は、彼女が主張するほどひどくないのかもしれないってこと」
ビデオが再生され、黒木志乃が部屋の中を完全に普通に歩き回っている様子が映し出された。
息をのむような沈黙が流れた。
「それ……それは、私が怪我する前のよ」
黒木志乃は早口で言った。
「違う」私は冷静に言った。「昨夜の映像よ。タイムスタンプが見える?それに、あなたが着てるものに注目して。病院から帰ってきて寝る時に着てたのと同じでしょ」
さらなる沈黙。
「それに」
私は続けた。
「青山先生にも話を聞いたの。脳震盪のリスクなんて、一度も言及されてなかった。あなたの怪我は、軽傷だって分類されてたわ」
これで、チェックメイトね。
あの対決の後、黒木志乃は私たちの部屋に閉じこもってしまった。私はその夜、水野咲良の部屋に泊まることになった。
「深刻な怪我を装うなんて信じられない」
水野咲良は言った。
「最低すぎる」
「もっとひどいぞ」
相沢拓也が自分のスマホを見せながら言った。
「一時間前に彼女が投稿したのを見てみろ」
黒木志乃のSNSには、ベッドで悲劇のヒロインのように横たわる彼女の写真が載った。
『信じてもらえないのが、いちばん辛い。一番近くにいたはずの人に裏切られるなんて……#裏切り #ひとりぼっち #癒やし』
「あなたを悪者に仕立て上げようとしてるのよ」
水野咲良が言った。
「好きにさせておけばいい」
私は言った。
「私には、もっといい切り札があるから」









