第4章 私の仲間

今野敦史がロビーにやってくると、阿部静香が目を真っ赤にして謝っているところだった。

「申し訳ありません、社長。私、アルコールアレルギーで、飲めないんです。わざとじゃありません……」

彼女は人々に囲まれ、怯えた子兎のようだった。大粒の涙がぽろぽろと零れ落ち、あまりに哀れに見える。

そして彼女の向かいには、凶暴な狼がいた。白石颯斗の高級スーツに赤ワインが飛び散り、その顔は完全に険しくなっている。

「今野グループの人間とは、大したものだな」

「当然だ。俺の女だからな」

今野敦史は大股で歩み寄り、阿部静香をぐっと腕の中に抱き寄せた。

先ほどの休憩室での一件を思い出し、白石颯斗の顔色はさらに険悪になる。

「今野社長はいつもヒーローみたいに美女を救うんですな? お見事」

「白石社長、申し訳ないが、この娘は具合が悪いようだ。先に送って帰る」

今野敦史は駆けつけてきた中林真由に目をやった。「お前が白石社長にお詫びをしろ」

阿部静香はようやく泣き止み、戸惑いがちに尋ねた。「そ、そんな……よろしいのでしょうか? 私、一人で帰れます」

中林真由は傍らで何も言わず、今野敦史が阿部静香を連れて去っていくのを見送った。

今野敦史は彼女に一瞥もくれなかったが、他の者たちの視線は皆、彼女の上に注がれていた。

白石颯斗が嘲るように口を開く。「中林さん、今野社長も随分と憐香惜玉の情に厚いじゃないか、なあ?」

周囲の人間が中林真由に向ける眼差しも変わった。

この界隈では、今野敦史と中林真由の関係は誰もが知っている。しかし今日、今野敦史は別の娘を連れ、あれほど大事にしているのだ。誰の目にも異常な事態だと映った。

中林真由は答えず、ただ微笑んでウェイターが差し出したタオルを受け取ると、慎重に白石颯斗のスーツを拭い始めた。

白石颯斗は視線を落とし、彼女の豊かな胸元に目を留める。そこには明らかに何かの突起があり、彼の春心を蕩かした。

「中林真由、なぜあいつに付き従う必要がある? お前にはもっと多くの選択肢があるはずだ」

彼は大胆にも中林真由の手首を掴むと、何度も擦った。

中林真由は手を引き抜き、微笑んで言った。「誰にでもついていけるわけではありませんから。そうでしょう?」

結局、中林真由はこの場でまたかなりの酒を飲まされた。

今野敦史という盾を失った彼女を見て、周りの者たちが次々と飲ませに来たのだ。

自宅に戻ったのは、もう深夜だった。

ドアを開けた途端、リビングに人影が座っているのが見えた。

中林真由はハイヒールを蹴り脱ぐと、まっすぐ男の隣に歩み寄り腰を下ろした。「疲れたわ」

彼女は今野敦史の体から、微かに苺の甘い香りがすることに気づいた。彼自身の匂いとは全く違う。

それは、阿部静香の匂いだ。

中林真由は酔いが大半醒め、すっと立ち上がった。「阿部秘書を送り届けたの?」

今野敦史は彼女を見上げたが、その目に感情はなかった。

「あの子はまだ若い。何も分かっていないんだ」

「ええ、確かに何も分かっていないわね」中林真由の口調に変化はない。「それで、いつまで側に置くつもり? 三ヶ月?」

今野敦史の傍らにいた若い恋人たちは次々と入れ替わり、最も長かった者でも三ヶ月と続かなかった。

「あの子は違う」

今野敦史は溜め息をついた。「お前が色々と教えてやれ。自分が劣っているなんて思わせるな」

その口調は甘やかしに満ち、どこかどうしようもなさも滲んでいる。

中林真由は彼の瞳を静かに見つめ返した。「本気になったの?」

今野敦史の声のトーンが上がり、その響きには喜びさえ満ちていた。「ああ。真面目に恋愛をしてみようと思ってな。あの子は、素直でいい」

中林真由はゆっくりと頷いた。「それは良かったわ」

彼に尽くして十年。さすがに飽きられても仕方がない。

「それで、今夜は泊まっていくの?」中林真由の声は冷たく、一切の感情が乗っていなかった。

「いや、やめておく」

今野敦史はそう言って立ち上がると、そのまま部屋を出ていった。

二人の関係も「やめておく」ということなのかと問いたかったが、彼女に残されたのは、重いドアの閉まる音だけだった。

翌日、会社へ行くと、阿部静香が既に一番中央の席に座っていた。

中林真由が入ってくるのを見ると、彼女は慌てて緊張した面持ちで立ち上がる。「真由さん、すみません、あなたの席を……。でも、今野社長が、仕事ぶりを監督したいからって。ここに座れば、社長が顔を上げた時に見えるからって……」

彼女は頬を真っ赤に染め、不安そうに中林真由を見ている。

中林真由は頭痛がした。自分は人を食う魔女か何かなのだろうか。阿部静香は見るなりこんなに怖がって。

「仕事しましょう」

中林真由は隅の席へ向かった。午前中、秘書課にはひっきりなしに人が訪れ、皆、阿部静香の席が変わったことに気づいていく。

この件は社内のグループチャットですぐに広まり、中林真由も皆の噂話を目にしたが、何も返信はしなかった。

昼休み、阿部静香はテイクアウトの食事を持ってそのまま今野敦史のオフィスに入っていった。二人は中で一時間以上過ごし、時折、阿部静香の恥じらうような笑い声が聞こえてくる。

阿部静香が出てくるまで待ってから、中林真由は立ち上がって社長オフィスへ向かった。「今野社長、本日は松本社長とのご面会予定です。お車のご用意ができております」

「今野社長、苺味のタピオカを注文して……あっ、ごめんなさい」

一度離れたはずの阿部静香がまた戻ってきて、いきなりドアを開けて入ってきた。中林真由の姿を見ると、また怯えたような表情を浮かべる。

「分かった」今野敦史は阿部静香を指差した。「彼女が俺と行く。資料は全部彼女に渡せ」

中林真由は僅かに眉を顰めたが、すぐに頷いた。「三時半より、部署会議もございます」

今野敦史はそれ以上何も言わず、すっと立ち上がると彼女の手から書類を奪い、阿部静香に押し付け、二人で連れ立って出ていった。

しかし、会議が始まる時間になっても、今野敦史は姿を現さない。

中林真由は各部署のマネージャーたちをなだめながら、何度も今野敦史に電話をかけた。

三度目のコールで、ようやく電話が繋がったが、聞こえてきたのは阿部静香の声だった。

「真由さん、何かご用ですか?」

「今野社長は?」

阿部静香は泣き声交じりに言った。「私、うっかり紙で手を切っちゃって……。今野社長が病院に連れてきてくれたんです。今、お薬をもらいに行ってます」

中林真由はテーブルの上の書類に目をやった。「酷いの?」

阿部静香は少し黙ってから、か細い声で言った。「今野社長は、すごく酷いって……」

その声は彼女自身と同じで、か弱く、確かに子供のようだった。

中林真由がさらに何かを言う前に、電話の向こうの相手が変わった。

「会議は中止だ。お前が手配しろ。こっちは重要な用事がある」

そう言うなり、今野敦史は電話を切った。

会議室にいるマネージャーたちを見て、中林真由はただただ頭が痛かった。

なんとか各マネージャーへの対応を終えると、今野敦史からまた電話がかかってきた。

「松本社長のところへ、お前が行ってこい」彼の声には苛立ちが滲んでいた。

「先ほど、行かれなかったのですか?」

中林真由はこめかみが絶え間なく引きつるのを感じ、ある感情が抑えきれなくなりそうだった。

「阿部静香が怪我をしたんだ」

彼の声は少し間を置いた。「今後、オフィスではあんな鋭利な紙やファイルを使うのを禁止する」

ツーツーという無機質な音を聞きながら、中林真由は罵りたいのに罵れない、そんな感覚に襲われた。

彼女は急いで資料を印刷し、慌ただしく松本グループへと向かった。

二時間も遅刻したのだ。相手はとっくに痺れを切らしており、会ってさえもらえず追い返された。

帰り道、中林真由はずっと目を閉じ、心の内の怒りをどうにか押し殺していた。

オフィスに戻ると、ちょうど阿部静香が皆にデザートを配っているところだった。

「これ、さっき今野社長と途中で買ってきたんです。皆さんもどうぞ。すごく美味しいですよ」

それは五つ星ホテルの定番デザートで、普段は予約しなければ買えず、値段もとんでもなく高い。

中林真由の姿を見ると、阿部静香は急いでストロベリームースを一つ持って駆け寄ってきた。

「真由さん、わざわざ取っておいたんです。これが一番美味しいんですよ」

中林真由の視線は、彼女の人差し指に巻かれた一番大きな絆創膏に落ちた。実に重傷だ。

突然、オフィスのドアが押し開けられ、今野敦史が険しい顔で中林真由の前に歩み寄ってきた。

「松本社長に会いに行かせたはずだ。なぜまだ行かない?」

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