第83章 罠を仕掛ける

恐怖と焦燥に駆られ、彼女はたたらを踏むように数歩後退った。足元がおぼつかず、膝から力が抜け落ちそうになる。

視界は涙で滲み、世界がぼやけている。それでも彼女は、目の前に佇む西園寺蓮を必死に睨みつけた。

「西園寺社長が公私混同をなさるおつもりなら、辞めさせていただきます」

その言葉を聞いても、西園寺蓮は眉一つ動かさない。すべては想定の範囲内といった風情だ。

彼は悠然と、皺一つないスーツの襟元を正すような仕草を見せ、ようやく怒りに震える九条綾へと視線を向けた。

「昨日サインした正式契約書、よく読んでいないのか?」

九条綾の呼吸が止まった。言われてみれば、確かにあの雇用契約書には違和感...

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