第19章

伊井瀬奈は彼の手を振り払った。「触らないで、汚らわしい!」

二人は非常階段の出入り口へとやって来た。朝早い時間帯で人影はなく、階段は静まり返っている。

「私たちのこと、お爺様に話したの?」

黒川颯には、お爺様が心筋梗塞で倒れるほどのショックを受けるような出来事が他に思い当たらなかった。自然と、この女が離婚話を漏らしたのではないかと疑った。

伊井瀬奈は冷笑を浮かべた。「ご自分のなさったこと、お分かりにならないの?」

黒川颯は煙草に火をつけ、深く一口吸い込んだ。

「俺が何をした。はっきり言え」

伊井瀬奈は彼のその何気ない仕草を眺め、どう見ても事後の煙草をふかしているように...

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