第43章

伊井瀬奈は「あっ」と声を漏らした。「どうして会社でお見かけしたことがないんでしょう?」

訊いてから、余計な質問だったと気づいた。彼が黒川グループに入社するなら間違いなく役員クラスだろう。彼女のような末端の社員が気安く会えるはずもなかった。

黒川耀司は莞爾と笑い、赤信号で止まった間にちらりと彼女に視線を向けた。

「君は俺に会ったことがないだろうけど、俺は君を見かけたことがあるよ」

伊井瀬奈は居心地悪そうに手を握りしめた。「私、目が悪くて。今度見かけたら、直接声をかけてください」

黒川耀司は「うん」とだけ応え、その話題をそれ以上は続けなかった。

車は市の中心部まで走り、あま...

ログインして続きを読む