第6章

黒川颯の中に芽生えたばかりの彼女へのほんの僅かな罪悪感は、その一言で跡形もなく吹き飛ばされた。

彼は怒りのあまり手を緩め、彼女をその場に残して足早にダイニングへと向かった。

黒川織江は伊井瀬奈にぶつかって鬱憤を晴らすつもりだったが、数歩歩いて振り返ると、実の兄があの気に食わない女を抱きしめて情熱的に見つめ合っているのが見え、腹立ちまぎれに写真を撮って、すぐさま羽鳥汐里に送りつけた。

テーブルには豪華な料理がずらりと並べられ、家政婦の一ノ瀬さんが食事の準備ができたと皆を呼んだ。

黒川織江が心待ちにしていたアカザエビの皿がついにテーブルに運ばれ、しかも伊井瀬奈の手元に置かれた。彼女はお爺さんの見ていない隙に、そのエビの皿を自分の前へと引き寄せ、元の場所には漬物の一皿を置いた。

黒川家のお爺さんが箸を取ると、皆もそれに倣って食べ始めた。

伊井瀬奈が自分の茶碗のご飯に顔をうずめていると、突然、殻を剝かれたエビが一つ入れられた。

顔を上げると、向かいに座る黒川耀司がにこやかにこちらを見つめている。

黒川耀司は黒川家のお爺さんがかなり高齢になってから生まれた息子であり、一方、黒川颯の両親は晩婚で出産も遅かったため、結果として、彼の立場は上でも年齢は黒川颯より四つしか違わず、二人は同年代と言えた。

黒川耀司は幼い頃から体が弱く、長年海外で療養していたが、最近帰国したばかりだ。彼はとても物腰が柔らかく、あの毒舌野郎の黒川颯とは似ても似つかない。

伊井瀬奈は礼儀正しく微笑みを返した。

「ありがとうございます、自分でも取れますから」

「どういたしまして。食べ終わったらまた剝いてあげるよ」

伊井瀬奈はどことなく気まずい雰囲気を感じ、横目でちらりと窺うと、黒川颯がじっとりとした視線でこちらを睨んでいた。その眼差しはまるで、食えるもんなら食ってみろ、と警告しているかのようだ。

彼女は急に、茶碗の中のエビがちっとも美味しそうに思えなくなった。

食べるわけにも、そのままにしておくわけにもいかない。

こちらの様子に気づいた黒川家のお爺さんが、厨房に向かって声を張った。

「あの大きな箱のエビはなぜこれしか出さん。残りはどこへやった?」

その声を聞いて、一ノ瀬さんが慌てて用意していた大皿のエビを運んできて、まっすぐ伊井瀬奈の前に置きながら説明した。「先ほどはテーブルの上がいっぱいで、少し置ききれなくて」

黒川織江は山盛りにされたアカザエビの皿を見て唇を尖らせ、意地になって向かいの皿に手を伸ばそうとした。だが、その手を持ち上げた途端、陶山莉緒に箸でぴしゃりと叩かれる。

「あなたの前にもあるでしょ?」

黒川家のお爺さんは自分のことしか考えない孫を一瞥し、再び説教を始めた。

「嫁にエビを剝いてやれ。そんな気の利かないお前のどこを瀬奈が気に入ったのか、わしにはさっぱりわからん」

伊井瀬奈は手のひらに汗が滲むのを感じた。黒川颯はエビやカニの殻を剝くのが何より嫌いだった。面倒だという理由で、普段はそういったものを口にしない。家ではいつも彼女が剝いて彼の茶碗に入れてやり、それでようやく食べるのだ。

意外なことに、彼はエビを一つ手に取って殻を剝き始めた。あっという間に伊井瀬奈の茶碗には小さな山ができる。お爺さんのおかげで、彼女は生まれて初めて、黒川颯が剝いてくれたエビを食べることができた。

食事が半ばに差しかかった頃、また黒川颯の電話が鳴った。彼は紙ナプキンで手を拭うと、携帯を手にリビングのバルコニーへと向かう。

伊井瀬奈は電話をする彼の後ろ姿に、嫌な予感を覚えた。

案の定、二分ほどして、彼はスーツのジャケットを手に、ひどく緊張した面持ちで出かけようとした。

黒川家のお爺さんは少し怒気を帯びて言った。「食事の途中で、一体どこへ行く気だ?」

そうこうしている間に、黒川颯はすでに靴を履き替え、ドアノブに手をかけてまさにドアを開けようとしていた。

お爺さんの問いに、彼は無下にもできず答える。

「友人が心臓発作を起こしたんです。少し様子を見に行かないと」

伊井瀬奈の心臓がどきりと跳ねた。心臓発作!

黒川家のお爺さんは全てお見通しといった様子だ。

「友人を言い訳にするな。どうせあの女だろう? 言っておくが、黒川家の孫嫁はわしは一人しか認めん。あの女からは離れろ。なんだその心臓病は、毎日発作を起こしてまだ死なんのか? 発作が起きたなら救急車を呼べ。お前は医者か? わしに言わせれば、彼女はまず脳外科にでも行って診てもらうべきだ。妻帯者ばかりを狙いおって」

黒川颯はひどく急いでおり、お爺さんと議論している時間はなかった。そのままドアを開けて出て行ってしまう。

腹を立てた黒川家のお爺さんも食欲をなくし、空気が凍りついた。食卓を囲む誰もが箸を動かせずにいる。

「愚か者が。黒川グループもいずれあいつとあの女のせいで破滅する」

せっかく皆で集まって食事をしていたのに、雰囲気は台無しになった。

黒川織江はこの機に油を注いだ。伊井瀬奈の面子を潰せるこの機会を彼女が見逃すはずがない。

「お兄ちゃん、今夜は多分帰ってこないわよ。羽鳥汐里が帰国してまだ二日目だもの、きっと話したいことがたくさんあるのよ。みんな知らないでしょ、お兄ちゃん、昨日彼女のために歓迎会まで開いたんだから。三年間も遠距離だったのに、それを乗り越えてまだ深く愛し合ってるなんて、あたし感動しちゃった」

彼女は伊井瀬奈を怒らせることしか頭になく、言葉を選ばずに大げさにまくし立てた。

隣で陶山莉緒が止めようとしても、もう止められない。

黒川家のお爺さんは箸を叩きつけ、怒りで息も乱れさせながら、黒川織江を指差して叱りつけた。

「お前もあの女に近づくな。しばらくは外出禁止だ。家で少しは話し方を学べ」

これで黒川織江は完全に口を閉ざした。

食事は気まずい雰囲気のままお開きとなった。

伊井瀬奈は黒川颯がいない隙にこっそり抜け出そうと考えた。彼女の荷物はまだ綾辻修也の車の中だ。だが、その考えが浮かぶや否や、陶山莉緒に引き留められて話し込むことになった。

陶山莉緒は物静かで上品なタイプで、話し方も穏やかだ。

伊井瀬奈には、こんなに付き合いやすい姑から、どうしてあの冷淡で非情な息子の黒川颯と、わがままで傲慢な娘の黒川織江が生まれたのか理解できなかった。

嫁姑の二人は普段あまり交流がなく、これといった揉め事もなかった。陶山莉緒が錦園を訪れて若い二人の生活を邪魔することはめったにない。

姑の突然の親しげな態度に、伊井瀬奈は少し戸惑いを覚えた。

「瀬奈、今夜は泊まっていきなさい。この間、買い物に行ったとき、あなたと織江に一枚ずつパジャマを買ったの。後で持ってきてあげるから、試してみて」

「ありがとうございます」

プレゼントと言われ、伊井瀬奈は車の中にあった、黒川颯から渡されたルビーのネックレスを思い出した。彼女は陶山莉緒が赤色を好むことを知っていたので、鞄からその箱を取り出し、もらい物をそのまま贈ることにした。

「お母様、これは颯が次のシーズンに発表する新作ですの。お母様の雰囲気によくお似合いになると思って」

陶山莉緒は目を輝かせ、喜びを顔に浮かべた。一目で気に入ったようだ。

「このペンダントのデザイン、黒川グループの今までのものとは少し違うわね。でも、その分ずっと素敵だわ」

伊井瀬奈は力なく微笑んだ。「颯が海外から新しく引き抜いてきたデザイナーなんです」

陶山莉緒は事情を知らず、ネックレスを手に褒めちぎり、そのデザイナーを天上天下並ぶ者なしと絶賛した。

夜、部屋に戻ると、伊井瀬奈は携帯の生理周期を記録するアプリをぼんやりと眺めていた。予定日から二週間以上も遅れていることに、彼女は今まで気づかずにいた。

今、彼女は下腹部に手を当て、不安な気持ちに駆られる。

羽鳥汐里から送られてきた妊娠検査の報告書を思い出すと、心にあった微かな期待は跡形もなく消え去った。

たとえ赤ちゃんができたとして、それが何だというのだろう。彼は気にもかけないだろうし、彼が期待するのは羽鳥汐里の産む子供だけなのだ。

黒川颯は今日、おそらく帰ってこないだろう。

伊井瀬奈は気が滅入り、一人で最上階のバルコニーへ出て風に当たった。

北部地方の五月の夜はまだ少し肌寒い。伊井瀬奈は着ているシャツをきつく抱きしめた。

夜の闇が帳のように下り、空には弓張月が浮かび、星がいくつかまばらに見える。

静かな環境は、亡くなった母を思い出させた。あの不可解な交通事故は、今も何の手がかりも見つかっていない。

警察の結論はブレーキの故障だったが、伊井瀬奈は事件がそんなに単純なはずがないと固く信じている。

母が事故に遭った時に運転していた車は、購入して間もない新車だった。そんな初歩的な故障が起こる可能性は低く、人為的な破壊でない限りあり得ない。

伊井瀬奈が物思いに耽っていると、鍵でドアがロックされる音がして、彼女は我に返った。振り返ると、黒川織江が鍵を弄びながら、こちらにあかんべえをしている。

はっとして、彼女はバルコニーのドアを押してみたが、びくともしなかった。

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