第82章

伊井瀬奈は唇の端を上げた。「じゃあ、行きましょうか」

そろそろ、彼女たち二人の間の貸し借りを清算する時だ。

二人はカフェにやって来ると、伊井瀬奈が率先して窓際の広々とした席に腰を下ろした。羽鳥汐里はそれに倣って向かいに座り、アイスアメリカーノを二つ注文した。

伊井瀬奈は店員にレモンウォーターを頼むと、顔を向けて彼女に微笑みながら告げた。

「自分の分だけでいいわ。私、妊婦だからコーヒーは飲まないの」

羽鳥汐里は唇を震わせた。その笑みがひどく皮肉っぽく感じられる。伊井瀬奈が何気なく口にした「妊婦」という二文字が、羽鳥汐里の耳には、鋭い剣となって容赦なく突き刺さるようだった。

「お姉さ...

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