第9章

羽鳥汐里は患者衣を身にまとい、黒川颯に支えられながらゆっくりとこちらへ歩いてくる。羽鳥汐里がふと足を滑らせると、黒川颯はすぐさま彼女を懷に抱き寄せ、優しく咎めるように言った。

「どうしてそんなに不注意なんだ?」

その眼差しは、甘やかすような色に満ちていた。

彼は肩に羽鳥汐里のバッグを提げ、彼女の歩く速さに合わせている。その一挙手一投足は、優しさそのものだった。

人混みに紛れた二人は、まさしく仲睦まじい夫婦の模範のようだった。

伊井瀬奈は呆然とそれを見つめながら、心の中で一つの声が繰り返し響いていた。

『彼は彼女の妊婦健診に付き添いに来たんだ』

なんだ、彼も人に優しく...

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