第94章

「今日は残業なしだ。今すぐ帰る」

彼はそう言うと、再び彼女の唇をついばんだ。蹂躙された赤い唇は、ますます彼の心を中毒にさせる。

伊井瀬奈は彼に煽られて頬を緋色に染めた。

黒川颯はようやく彼女を解放し、自席に戻って携帯を取ると電話をかけた。

「神谷竜也、ちょっと上がってこい。車のキーも持って」

ドアの外で、神谷竜也は左右の人を見回し、気まずそうに答えた。

「黒川社長、私、上の階にいます」

神谷竜也の声がドアの外から聞こえてくる。電話を使わなくても聞こえるほどの距離だった。

伊井瀬奈が振り返ると、外で待っていた人々の姿が目に入り、雷に打たれたような衝撃を受けた。

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