第74章

唐沢優子の頭皮がぞわぞわと粟立った。「忘れたの? 田中立夏さんの息子さんが自殺したって、それに彼女の精神がずっと不安定だったって、あなたが教えてくれたんじゃない」

 しかし、電話の向こうのアルセルは心から困惑しているようで、嘘をついている気配は微塵も感じられない。

 彼女は言った。「覚えてないわ。田中立夏なんて人も知らない。本当に私が言ったの?」

 アルセルも彼女を忘れていた。

 いや、忘れたのではない。

 唐沢優子はふいに恐怖に襲われた。

 慌てて電話を切り、浴室へと向かう。

 人魚は彼女の物音に気づいて瞼を上げ、静かに彼女を見つめた。その瞳は底まで透き通っている。

「覚え...

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